神社横から登城しました。
低い山城なので登りやすかったです。
石垣は当時の物とそれ以降に作られた物があるみたいで素人目では分かりにくいですが、曲輪や堀切はよく残っています。
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2025/02/24 16:09
2025/02/10 07:08
粟井城 高知県長岡郡大豊町 (2025/01/26 訪問)
城びと未登録城です。
JR豊永駅南の豊永山頂にあります。
小笠原氏が豊永氏を名乗り居城とし、豊永城と改称したとも言われます。
豊永氏は本山氏に従っていましたが後に長宗我部氏に降り、長宗我部氏衰退後は浪人となります。
その後は土佐に入った山内氏の家臣となり、長くこの地を治めたとのこと。
南側麓の定福寺から登りました。
車道はついているので小型車ならOKですが嫌な予感しかなかったので徒歩にしました。
しばらく登ると左手に登っていくコンクリートの坂道に、ここをさらに登ります。
さらに進むと分岐があり、右手の坂を登ると電波塔に到達。
城郭放浪記さんのサイトに沿って電波塔の裏側から進むとピンクリボンを発見、直登すると堀切に出会えました。
ここから城域、単郭で三方を横堀と土塁が囲んでいます。
浅いですが久々の堀底周回、栄養補給です。
南側に虎口があり、郭内は広く土塁の内側には石積も施されていました。
帰りは先ほどのピンクリボンに沿って降りるとコンクリートの道路に。
登城時の分岐から少し左に進んだところでした。
こっちのほうが楽かもしれません、直登ですが。
【見どころ】
・主郭を廻る横堀
・内側に石積が残る土塁
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2025/02/06 07:23
土佐七雄のひとり、本山氏の居城 (2025/01/26 訪問)
十二所神社の鳥居脇に案内板があり、ここから登ります。
墓地を過ぎ進んでいくと遊歩道に合流します。
途中竪堀を見あげながら整備された遊歩道を登ると削平地に到着、発掘調査も行われているようです。
この曲輪群には後世、森林測候所が設置されたり、太平洋戦争後の射的場として転用されるなど石垣は当時の遺構では無いようです。
頂上部には三段の曲輪が連なっています。
見晴らしも良く、主郭には石碑が立っています。
主郭背後は急峻な切岸となっていて大堀切とされます。
ここから西側に竪堀が落ちています。
さらにここから南側に少し進んでいくと浅い堀切が残り、この辺りまでが城域のようです。
本山氏は一時、長宗我部氏の岡豊城を落城させるなど勢力を伸ばしましたが、その後は長宗我部氏の傘下に入りました。
本山城は江戸時代には天守も構築され、近世城郭として続きましたが、一国一城令で廃城となりました。
本山町の市街地には平時の居館であった本山土居もあります。
江戸時代には藩主の宿泊所として利用され、石垣が残っています。
【見どころ】
・主郭背後の急峻な切岸
・西に落ちる竪堀
・南側尾根の浅い堀切
・主郭付近の石積
・主郭部からの眺望
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2023/12/24 09:46
本山土居屋敷など (2023/12/22 訪問)
戦国時代には本山氏の屋敷があった跡で、山内氏の時代には山内刑部、但馬親子、続いて野中玄蕃、兼山親子4代の屋敷となりました。その後は山内氏の参勤交代時の藩主の宿泊所となり本山御殿とよばれていたようです。野中兼山は今回の旅で初めてしりました。用水工事や湾岸整備等にて業績のある方ですが、弾劾により失脚しています。機会があればもう少し勉強したい人物です。
本山町内には野中兼山関連の上の坊や山内刑部の墓があります。
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分類・構造 | 山城 |
---|---|
築城主 | 本山氏 |
築城年 | 不明 |
主な城主 | 本山氏、長宗我部氏 |
廃城年 | 不明 |
遺構 | 曲輪、堀切 |
指定文化財 | 町史跡(本山城跡) |
再建造物 | 石碑、説明板 |
住所 | 高知県長岡郡本山町本山 |
問い合わせ先 | 本山町中央公民館(文化財担当) |
問い合わせ先電話番号 | 0887-76-2084 |