しもふりじょう

霜降城

山口県宇部市

別名 : 城山
旧国名 : 長門

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①後城(北峰)
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征21日目:霜降城 (2026/05/31 訪問)

厚東駅から徒歩35分くらいで、霜降山登山道/温見古道(34.025009、131.262473)に着きました。
霜降山への登山コースはいくつかあるようですが、自分は持世寺コースを選択して登りました。

1179年(治承3年)壇ノ浦の戦いで名を上げた七代厚東武光によって築かれたと云われています。
厚東氏は物部氏の末裔を称し、初代厚東武忠が棚井の地に住んだことに始まるとされ厚東氏館を居館としていました。
14代厚東武実は長門守護職となり勢力を拡げるが、その後大内氏と争うようになり、17代厚東義武のとき1358年(延文3年・正平13年)大内弘世によって霜降城は攻め落とされ、厚東義武は城を逃れて九州へ落ちていきました。
九州に逃れた厚東義武は失地回復の戦いを挑みますが、最終的に長門国は大内氏の版図に組み込まれました。
霜降城は大内氏には使用されず放置され、南北朝時代の遺構が現在も残っているそうです。

霜降岳分岐点を過ぎるとひたすらロープをつかっての登りです。結構きついです。
後城(北峰)に着いた時点で帰りの電車の予定時間が迫ってました。
本城に向かうかどうか迷って、とりあえず後城(南峰)に到着。ここで本城に向かうのは諦め下山。
しかし、タッチの差で予定の電車に間に合わず、厚東駅で次の電車まで40分待ちでした。
攻城時間は90分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
歩行歩数=41240歩、歩行距離=28.8Kmです。
本日の宿泊先に向かう為、厚東駅からJR山口線を利用して新山口駅に戻りました。

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零汰

広いです (2019/11/04 訪問)

男山展望台を目指して行くとトイレ付の駐車場が有ります。そこから城跡を目指しました。周辺はキャンプ場があり遊歩道もあるので歩き易いです。1179年の築城とありますので結構古いの城跡の様です。4つの城の名前の付く曲輪があるのですがお互いの距離が随分離れています。距離が離れているのは古い城跡の特徴なのでしょうか?

曲輪以外の遺構としては、石積・土塁、なだらかなカーブを描く土橋、そして自然地形かどうか悩んでしまう空堀を確認出来ました。本来はもっと遺構があるのかもしれませんが、城域が広く歩くのに夢中で気が付きませんでした。駐車場に戻る迄は1時間30分強だったかと思います。

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todo94

二度目の当選 (2019/03/09 訪問)

城びとメールマガジンご登録キャンペーン、当選いたしました。頂いた書籍は「日本史1000名城」税抜き2800円のすごく立派な本です。これに載っている1000城、全制覇を目指して頑張ります。(ちなみに昨年7月、「続日本100名城」投稿キャンペーンにも当選して近ツーの10000円の旅行券もいただいています。)その「日本史1000名城」にも載っている霜降城。標高250mということで侮っていましたが、4つの峰(前城、本城、後城南峰、後城北峰)を全て回ったのでかなり歩きでがありました。中の城も目指したのですが、かなり下ってもたどり着ける気配がなかったのでこれは断念。厚東氏が大内氏に敗れ廃城となったため、南北朝期の遺構が残る城とのことです。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 厚東武光
築城年 治承3年(1179)頃
主な城主 厚東氏
廃城年 延文3年(1358)
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 県史跡(霜降城跡)
再建造物 説明板
住所 山口県宇部市大字吉見、大字末信他
問い合わせ先 宇部市役所商業観光課
問い合わせ先電話番号 0836-34-8353