みぎたがだけじょう

右田ヶ岳城

山口県防府市

別名 : 右田ヶ嶽城、右田城、右田岳城
旧国名 : 周防

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①登城路
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征19日目:右田ヶ岳城 (2026/05/29 訪問)

車は右田ヶ岳登山者用P(34.081194、131.550691)に置いたまま、勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市)から登山道をそのまま登りました。
勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市)から車で10分くらいで、右田ヶ岳登山口(34.081704、131.550152)

築城年代は定かではないようですが、鎌倉時代末期に右田氏によって築かれたと云われています。
右田氏は大内氏15代大内貞成の二男盛長を祖とし佐波郡右田荘を領していました。なお陶氏はこの右田氏から分流しているそうです。
しかし、天文年間(1532年〜1555年)頃には右田氏の勢力は衰え、右田岳城は奈藤興盛と孫の内藤隆世が城主でした。
1555年(天文24年)厳島の戦いで陶晴賢は毛利元就に敗れ討死しました。
1556年(弘治2年)毛利軍が周防に侵攻すると内藤隆世は右田岳城に右田隆量(重政)・野田長房を城番としました。
城主右田隆量は野田長房と共に籠城したが、毛利元就の勧告に従い降伏し、毛利氏に仕えた。
その後、毛利氏家臣の南方就正が入城し、1569年(永禄12年)大内輝弘が山口に乱入した時には、南方就正がこの城より出撃し、大内輝弘を撃退しました(大内輝弘の乱)。
その後の歴史は不明のようですが、江戸時代初期頃には廃城となったようです。

勝坂ルートは、途中で尾根ルートと本ルートに分かれています。尾根ルートは遠目で見てきつそうな感じがしたので直登コース(本ルート)を選択しました。
直登コース(本ルート)、ロッククライミングみたいなルートです。
ロープは張ってありますが、ロープのところどころがすり減って細くなっており、切れそうで少し怖いです。
ロープで登っていきましたが、軽い高所恐怖症の自分は岩の上で足がすくみ、すこし震えており下が見れません。
恐怖で南ノ峰手前で登城を断念しました。下山も大変でした。
攻城時間は100分くらいでした。次の攻城先=古城ヶ岳城に向かいました。

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征19日目:勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市) (2026/05/29 訪問)

次の攻城先=右田ヶ岳城に行く前に、防府天満宮の観光と勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市)を攻城しました。
防府天満宮から車で10分くらいで、右田ヶ岳登山者用P(34.081194、131.550691)に着きました。
そこから、説明板(34.081422、131.550340)は50m先です。勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市)はコンクリート壁の上です。

1863年(文久3年)萩藩主毛利敬親が萩城から山口城へ居城を移すに伴い、山陽道から山口に至る街道を押さえる為に設けられた砲台で、道の東西両脇に設けられていました。
明治期以降、いつまで砲台が供用されていたかは不明のようですが、1870年(明治3年)の長州藩での脱退騒動においては砲台周辺が激戦地となっていたそうです。

勝坂砲台は国道262号線沿いにあり道路の東側のコンクリート法面に説明板が設置されています。
砲台の遺構としては石垣と土塁が残っていました。
説明板の脇にある右田岳に通じる登山道沿いに石垣が転々と残っています。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=右田ヶ岳城に向かいました。

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征19日目:防府天満宮 (2026/05/29 訪問)

次の攻城先=右田ヶ岳城に行く前に、防府天満宮の観光と勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市)を攻城しました。
敷山城から車で20分(途中、工事中&道の間違えで時間がかかってしまいました)くらいで、防府市まちの駅うめてらす駐車場(34.061143、131.573778)に着きました。
そこから、防府天満宮石鳥居(34.061345、131.573966)まですぐです。

道真が亡くなった翌年である904年(延喜2年)に創建され、「日本最初に創建された天神様」を名乗っています。
かつては「松崎天満宮」・「宮市天満宮」あるいは単に「天満宮」と称していたが1873年(明治6年)に近代社格制度のもとで県社に列格し、松崎神社と改称。戦後の1953年(昭和28年)には防府天満宮と再び改称しました。
道真が宮中での権力争いで失脚し、九州の大宰府に流されていく道筋での宿泊地の一つが防府とされており、京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮と並んで、日本三大天神と言われています。

道真は学問の神とされているため、ここで筆を買ったり、受験のお守りを買う若者の参拝も多いようです。
防府天満宮の参拝で菅原道真公を祀る代表的の天満宮=日本三大天神(京都の北の天満宮、福岡の太宰府天満宮、山口の防府天満宮)を制覇しました。
観光時間は25分くらいでした。次の攻城先=勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市)に向かいました。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 右田氏
築城年 鎌倉時代後期
主な城主 右田氏、南方就正(毛利氏家臣)
廃城年 安土桃山時代後期?
遺構 曲輪、堀切
住所 山口県防府市上右田1708
問い合わせ先 防府市教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 0835-25-2237