車は右田ヶ岳登山者用P(34.081194、131.550691)に置いたまま、勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市)から登山道をそのまま登りました。
勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市)から車で10分くらいで、右田ヶ岳登山口(34.081704、131.550152)
築城年代は定かではないようですが、鎌倉時代末期に右田氏によって築かれたと云われています。
右田氏は大内氏15代大内貞成の二男盛長を祖とし佐波郡右田荘を領していました。なお陶氏はこの右田氏から分流しているそうです。
しかし、天文年間(1532年〜1555年)頃には右田氏の勢力は衰え、右田岳城は奈藤興盛と孫の内藤隆世が城主でした。
1555年(天文24年)厳島の戦いで陶晴賢は毛利元就に敗れ討死しました。
1556年(弘治2年)毛利軍が周防に侵攻すると内藤隆世は右田岳城に右田隆量(重政)・野田長房を城番としました。
城主右田隆量は野田長房と共に籠城したが、毛利元就の勧告に従い降伏し、毛利氏に仕えた。
その後、毛利氏家臣の南方就正が入城し、1569年(永禄12年)大内輝弘が山口に乱入した時には、南方就正がこの城より出撃し、大内輝弘を撃退しました(大内輝弘の乱)。
その後の歴史は不明のようですが、江戸時代初期頃には廃城となったようです。
勝坂ルートは、途中で尾根ルートと本ルートに分かれています。尾根ルートは遠目で見てきつそうな感じがしたので直登コース(本ルート)を選択しました。
直登コース(本ルート)、ロッククライミングみたいなルートです。
ロープは張ってありますが、ロープのところどころがすり減って細くなっており、切れそうで少し怖いです。
ロープで登っていきましたが、軽い高所恐怖症の自分は岩の上で足がすくみ、すこし震えており下が見れません。
恐怖で南ノ峰手前で登城を断念しました。下山も大変でした。
攻城時間は100分くらいでした。次の攻城先=古城ヶ岳城に向かいました。
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