岐志氏館(城びと未登録 山口県岩国市)から車で2~3分くらいで、案内板付近(34.266812、132.084573)に着き、ここから駐車場入口まで車で1Kmくらい走ります。
築城年代は定かではないようですが、1449年(宝徳元年)頃に岐志四郎左衛門通明によって築かれたと云われています。
1551年(天文20年)大内氏の重臣・陶晴賢の挙兵により大内義隆が自害したのち、岐志氏は陶氏に従ったものと考えられています。
1554年(天文23年)陶晴賢の部将宮川房長が率いる軍勢と毛利元就が戦った折敷畑合戦で、岐志通明の孫の岐志甲斐守が陶方として戦い討死しました。
陶晴賢を下した毛利元就は坂新五左衛門元祐を主将として山代方面の平定に乗り出います。
元祐は高森城を拠点として改修し、成君寺山城に籠もる山代一揆軍を攻略、以降、高森城を居城として山代地方を統治しました。
1575年(天正3年)元祐が没すると嫡子宮千代が継いだが、宮千代も夭折し、弟が継ぐも幼少であったことから山代の統治からは外されました。
現在は市指定史跡としてよく整備されています。
主郭は山頂の曲輪にお堂が祀られており、この主郭を中心に南北に伸びた尾根に段々と曲輪を連ねています。
遺構として、石積、畝状竪堀群、土塁などが確認できます。
攻城時間は40分くらいでした。次の攻城先=岩国城に向かいました。
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