たかもりじょう

高森城

山口県岩国市


旧国名 : 周防

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①本丸
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征20日目:高森城 (2026/05/30 訪問)

岐志氏館(城びと未登録 山口県岩国市)から車で2~3分くらいで、案内板付近(34.266812、132.084573)に着き、ここから駐車場入口まで車で1Kmくらい走ります。

築城年代は定かではないようですが、1449年(宝徳元年)頃に岐志四郎左衛門通明によって築かれたと云われています。
1551年(天文20年)大内氏の重臣・陶晴賢の挙兵により大内義隆が自害したのち、岐志氏は陶氏に従ったものと考えられています。
1554年(天文23年)陶晴賢の部将宮川房長が率いる軍勢と毛利元就が戦った折敷畑合戦で、岐志通明の孫の岐志甲斐守が陶方として戦い討死しました。
陶晴賢を下した毛利元就は坂新五左衛門元祐を主将として山代方面の平定に乗り出います。
元祐は高森城を拠点として改修し、成君寺山城に籠もる山代一揆軍を攻略、以降、高森城を居城として山代地方を統治しました。
1575年(天正3年)元祐が没すると嫡子宮千代が継いだが、宮千代も夭折し、弟が継ぐも幼少であったことから山代の統治からは外されました。

現在は市指定史跡としてよく整備されています。
主郭は山頂の曲輪にお堂が祀られており、この主郭を中心に南北に伸びた尾根に段々と曲輪を連ねています。
遺構として、石積、畝状竪堀群、土塁などが確認できます。
攻城時間は40分くらいでした。次の攻城先=岩国城に向かいました。

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征20日目:高森城周辺 岐志氏館(城びと未登録 山口県岩国市) (2026/05/30 訪問)

次の攻城先=高森城に行く前に、岐志氏館(城びと未登録 山口県岩国市)を攻城しました。
源氏武田氏屋敷(城びと未登録 山口県岩国市)から車で40分くらいで、墓地入口(34.265488、132.081327)に着き、本覚寺(墓地)前に駐車しました。

高森城主岐氏の居館です。
岐志氏の居館は二つあり、岐志四郎左衛門通明の居館は「田屋敷」、岐志左馬之介通之の居館は「土居」という所にあったそうです。
岐志氏の後で高森城主となった坂新五左衛門元祐の菩提寺である本覚寺は、小さな御堂になり墓地に岐志氏と坂氏の一族の墓が残されています。

高森城の北西麓に集会所があり、そこに案内板があります。そこから少し奥へ入ると右上に墓地があり、ここが本覚寺です。
攻城時間は15分くらいでした。次の攻城先=高森城に向かいました。

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mae

南側段郭石積 (2024/11/10 訪問)

南側の段郭先端の西側、東側には石積が残ります。

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六神合体

こんなところに城が!? (2019/12/15 訪問)

岩国市に岩国城見に行くだけじゃつまらないと思い検索して見つけたのがこの高森城です。
岩国のほんと山の中のさらに山の中にある「こんなところに城跡!?」的な城です。
登城口の看板が倒れておりそのせいで1時間ほど彷徨いました。
登城口は落葉で滑るの何の・・・
本郭までは15分くらいで着きます。
小さいお城ですが、石積みや土塁がはっきりと分かりました。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 岐志通明
築城年 宝徳元年(1450)頃
主な城主 岐志氏(大内氏家臣)、坂氏(毛利氏家臣)
遺構 曲輪、石積、堀切、横堀(空堀)、竪堀
指定文化財 市史跡(高森城址)
再建造物 碑、説明板
住所 山口県岩国市美和町北中山牛ヶ多和
問い合わせ先 岩国市文化財保護課
問い合わせ先電話番号 0827-41-0452