かつやまじょう

勝山城

島根県安来市

別名 : 瀧山城、滝山城
旧国名 : 出雲

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畝状竪堀
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todo94

年度末山陰の攻城・尼子十砦編② (2026/03/28 訪問)

昼食に割り子蕎麦をいただいた後、月山富田城からの転戦です。ぴーかるさんの投稿にある広厳寺に「お声がけください。」看板がありましたので、お声がけをしてありがたく駐車場をお借りしました。グーグルマップのマーカー「勝山城跡 登山口」の口コミには「登城禁止」の文言がありますが、登城禁止ということはなさそうです。獣よけフェンスの内側の登城路は判然としてなく、尾根伝いに山頂を目指します。何の表示もないですが、畝状竪堀や三重堀切など、素晴らしい遺構が残っています。ただ、下城時は何度も違う谷に下りかけることを繰り返してしまいました。ピクミンブルームの花植えの軌跡に頼り切って何とか無事に下山することができました。

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ぴーかる

尼子十砦6城目 (2024/02/24 訪問)

【勝山城】
<駐車場他>Googleマップの勝山城登城口から登城しました。登城口手前の広厳寺さんにお声がけすれば駐車させてもらえます。
<交通手段>車

<見所>畝状竪堀群・土塁囲みの曲輪・主郭石列・堀切
<感想>1泊2日尼子十砦の旅7城目。勝山城の築城は室町時代、築城主は不明で、現在残る遺構は毛利氏が陣城として改修したものであるらしいです。上記ルートから登城しました。登城口から尾根に付いてすぐに広い削平地があります。途中の中間くらいに尾根に沿って2条の竪堀と竪土塁があります。城跡は南北に長く、主郭から南に緩い連段になっています。主要部の削平地から月山富田城が見えます。主郭の南側に巨石の石列が残っています。主郭の北側に下がって土塁囲みの大枡形の虎口または曲輪があり圧巻の見応えです。曲輪段の周囲の遺構が素晴らしく、北端は3重堀切、南端は放射状の畝状竪堀、東面はすべて畝状竪堀で埋め尽くしています。上記登山道からは南からの進入も畝状竪堀と合わせて3重堀切のような感じになっています。小さい城跡ながら超絶技巧の防御遺構が残る見応えある城跡でした。お勧めです。

<満足度>◆◆◆

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畝状竪堀を見るために (2019/12/13 訪問)

 尼子十砦のひとつです。南北に少し曲がった曲輪の西側は断崖となっていて東側には畝状竪堀群があります。この畝状竪堀群は浅くなっている所や藪になっている所もありますが、比較的よく残っていてこの城址の見所です。城址からは月山富田城がよく見えます。
広厳寺南東麓から新しく整備されたという登城路利用しました。広厳寺という寺の近くにあります。入口には標識があり迷うことはありません。しかし獣除けの柵を入るといきなり倒木で道が塞がれていて少し迂回しました。その後は概ね迷うことなく行けますが、少しわかりにくい所もあります。わかりにくい所はピンクリボンのついた木を追って行けば城址にいくことができました。

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織田晃司

京羅木山〜勝山城 (2018/09/23 訪問)

京羅木山からも勝山城からも月山富田城は丸見えでした

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 室町時代
主な城主 田中氏(尼子氏家臣)、毛利氏
遺構 曲輪、土塁、畝状竪堀
住所 島根県安来市広瀬町石原