しんぐうとうやかた

新宮党館

島根県安来市

別名 : 太夫成、新宮党屋敷
旧国名 : 出雲

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赤い城

山中幸盛屋敷跡、奥都城 島根県安来市 (2026/06/28 訪問)

新宮党館跡の周辺には毛利元秋や堀尾忠氏の墓などいくつか史跡があります。
そのうちいずれも城びと未登録の山中幸盛屋敷跡と奥都城に立ち寄りました。

山中幸盛屋敷跡は駐車場からすぐ、民家の脇に登城口があります。
少し登ると獣避けの柵があり、開けて入りました。
ここにも訪問ノートがあったので記帳しておきました。
山中幸盛の生誕地、綺麗に整備されていて建物の礎石があります。

ここから少し歩いたところに奥都城があります。
新宮党の城で尼子氏一族の墓所があります。
裏手に回り少し登ってみましたが山頂部まで行くのは自重しました。

ちなみに新宮党館他尼子氏の拠点があるのは今は安来市になっています。
どじょう掬いの安来節で知られています。
問題は読み方、多くの人は「やすき」と読まれますが正確には「やすぎ」、濁ります。
間違えないで欲しいな〜、と。

【見どころ】
 ・整備された山中幸盛の屋敷跡
 ・奥都城にある尼子氏一族の墓所

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赤い城

尼子氏の精鋭 (2026/06/28 訪問)

帰省2日目は午後に所用を入れていたので朝駆けで城を攻めました。
目的は月山富田城ですがその前に立ち寄りました。
月山富田城の北東部に位置する尼子国久の新宮党の館跡です。
駐車場は少し離れた山中幸盛屋敷跡の前にあります。

新宮党は尼子氏の戦闘部隊として武功を挙げていましたが晴久により粛清、その後尼子氏は弱体化してしまいました。

入口に石碑が立ち、鳥居をくぐると段になった切岸があります。
登ると広い削平地がありここが館跡です。
太夫神社が鎮座し、側に新宮党一族の墓石がありました。
太夫神社には登城ノートも置いてあるので記帳しておきました。
それらしい遺構は残りませんが国久の無念を感じることは出来るかも?

【見どころ】
 ・広い削平地
 ・段のある切岸

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征7日目:新宮党館 (2026/05/17 訪問)

毛利元秋公の墓入口(35.368775、133.187735)から徒歩10分弱で、新宮党館跡標識付近(35.366923、133.193491)に着きました。

尼子軍最強をうたわれた精鋭集団「新宮党」の館跡です。
尼子国久の最後は晴久に誅殺されました。
その原因は①出雲での勢力が晴久を凌駕していた為②新宮党一党の横柄な振舞い③毛利元就の陰謀などが伝わっています。

館跡は本当に何もない草が生い茂る原っぱですが、太夫神社と墓石があります。
尼子国久、誠久、敬久の墓石がありました。(墓石が4基ありましたが、あと1基は誰のものでしょう?)
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=三笠山城に行く為、月山富田城付近を散策しました。

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じゅんじん

こちらも19年ぶり (2023/11/25 訪問)

太夫神社となっています。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 尼子国久
築城年 室町時代
主な城主 尼子氏(新宮党)
遺構 消滅
指定文化財 県史跡(新宮党館跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 島根県安来市広瀬町富田字新宮
問い合わせ先 安来市観光協会
問い合わせ先電話番号 0854-23-7667