こいこじょう

己斐古城

広島県広島市

別名 : 岩原城
旧国名 : 安芸

投稿する
①説明板
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征27日目:己斐古城 (2026/06/06 訪問)

己斐城から徒歩30分くらいで、高須台入口(34.396627、132.418554)に着きました。

築城年代は定かではないですが、 己斐古城はこの地の豪族である己斐氏の居城です。己斐新城の平原城に対し己斐古城と呼ばれています。
1515年(永正12年)銀山城主武田元繁に攻められるが落城しなかった。時の城主己斐豊後守師道入道宗端は有田城合戦で討死しました。
宗端は2年後の「有田合戦」において討死すると、その子の己斐直之は毛利元就に従い「厳島の合戦」で要害山城の城代をつとめました。

登城口は「高須台第一公園」と旭山神社にあるようですが、自分は高須台から登城し旭山神社側に下城しました。
現在は森林公園として整備されており、主郭を中心に周囲に削平段を設けています。
攻城時間は20分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
歩行歩数=26612歩、歩行距離=18.6Kmです。
本日の宿泊先に向かう為、西広島駅からJR山陽本線を利用して広島駅に戻り、コインロッカーから荷物を取り出した後、岡山駅に向かいました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

しんちゃん

東西に伸びる丘陵上に郭が連なる。 (2023/12/31 訪問)

己斐古城は厳島神社の神領衆である己斐氏によって築かれたとされ、己斐新城である平原城と区別するために己斐古城と呼ばれているようです。東西にのびた丘陵上に郭が複数配置されています。公園から道が続いているので登っていき、まずは西を目指します。西の郭の先に堀と土塁が残り攻め手を遮断しています。ここで引き返し東の郭を目指します。東の高地にある郭が主郭のようで裏手に登り口が有りました。頂部に何か建っていたようですが見事にブッた斬られています。城郭放浪記さんの記事によると展望台があったようですね。
この城が大晦日、2023年最後に訪問した城になりました。広島城に行った残りの時間で攻略して滑り込みセーフです。道の駅で車中泊し年越しです。紅白歌合戦をナビのTVで見るつもりだったのですが電波が届かずNGでした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

高須台第一公園より (2022/04/29 訪問)

 道は整備され歩きやすい城址ですが、削平地の他は明瞭な遺構はないように思われました。主郭の展望台は立入禁止になっていました。もっとも周囲の木が高く展望台に上ってもいい景観は望めないと思います。
旭山神社からと高須台第一公園から登城路があります。旭山神社からはそれなりの坂を上がりますが、高須台第一公園からはすぐに城域に入ることができます。ただ自分は己斐城(平原城)から高須第一公園まで徒歩で来たのでそれなりのアップダウンがありました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 己斐氏
遺構 曲輪、堀切、竪堀
再建造物 説明板
住所 広島県広島市西区己斐西町