おおとみやまじょう

大富山城

広島県庄原市

別名 : 大富城
旧国名 : 備後

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①大堀切
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征24日目:大富山城 (2026/06/03 訪問)

蔀山城から車で45分くらいで、浄久寺手前から林道(34.920537、133.112722)に入り、終点の大堀切付近に駐車しました。
林道に入る前には雨はあがりましたが、前日の台風の影響で林道には倒木や石が散乱しており、何度も車をおりて障害物をどけて走行した為、到着に時間を要しました。

1533年(天文2年)宮高盛が築いたと云われています。
はじめ宮氏は備後比田山城を本拠にしていましたが6代景友が五品嶽城を築いて移り、更に7代高盛が西城へと勢力を伸ばして大富山城へと居城を移しました。
宮氏は、高盛-興盛-景盛-智盛-広尚と5代に渡ってこの地を領しました。
しかし、1590年(天正18年)11代宮広尚のとき毛利輝元の怒りをかい、出雲の塩冶へ領地替えになったようです。
宮広尚に変わって天野元嘉が1600年(慶長5年)まで在城していました。
毛利氏が防長2国に減封となると元嘉も毛利氏に従い周防玖珂郡(天野氏館)へと移ります。
福島正則が安芸広島へと入ると家老長尾一勝が東城五品嶽城へ入ると大富山城は廃城となりました。

大富山城は大富山に築かれています。
主郭は山頂にあり一段下がって腰曲輪が続いており、東側に「あやめの段」、下の曲輪を「菊の段」と呼んでいます。
菊の段の東端に石積された虎口状の遺構があります。
南側の林道が大堀切です。
攻城時間は60分くらいでした。次の攻城先=甲山城に向かいました。

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織田晃司

大堀切まで車で (2021/04/03 訪問)

登る事ができます。
大堀切から15分程で主郭にたどり着きます。

林道のそばに畝状竪堀群があり、南側の遺構も合わせると広大な城跡となってます。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 宮高盛
築城年 天文2年(1533)
主な城主 西城宮氏、天野氏(毛利氏家臣)
廃城年 慶長5年(1600)
遺構 曲輪、堀切、畝状竪堀群
指定文化財 市史跡(大富山城跡と二の丸跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 広島県庄原市西城町栗他
問い合わせ先 庄原市生涯学習課文化財係
問い合わせ先電話番号 0824-73-1189