わしおさんじょう

鷲尾山城

広島県尾道市

別名 : 鷲城、霊鷲城、釈迦ヶ峰城
旧国名 : 備後

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麓の惣門跡。背後の頂上が平らな山が城跡。
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まっつん

あけましておめでとうございます🎍 (2019/01/03 訪問)

新年の初城攻めは尾道市の鷲尾山城跡に行ってきました!
軽自動車なら山腹の林道の終点まで行けますが、マイカーは普通車なので、麓に止めて歩いて登りました!
山の北側からぐるりと回るルートを選び、歩き始めるとすぐ林道の脇にこの城の関係者の墓石群を発見。手を合わせて先へ進むと林道の終点からは本格的に山道になります。
少し登っていくと北の大堀切、北曲輪群へ到着。
石垣や土塁、井戸跡、S字クランクの虎口跡など見ながら本丸へ。とても綺麗に整備されていて歩きやすかったです。
それから眺めの良い南曲輪群を見て、残るは馬場跡…だったのですが、未整備なのか道が分からず断念して下山しました。。
ま、またそのうち登って確認しましょう!
この城は、九州から反攻に転じた足利尊氏に従って戦功を立てた杉原信平・為平兄弟が備後国木梨荘を与えられて築いたのが始まり。戦国時代には、尼子晴久や隣接する国人・石原氏に攻められ落城を経験しつつも、大内氏や小早川隆景らを頼り鷲尾山城の奪還に成功しています。
一時期、本拠を千光寺山城へ移したこともあったそうですが再び鷲尾山城へ戻り、豊臣秀吉の山城停止令で廃城となるまで杉原氏が城主を務めたそうです。

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織田晃司

尾道の山城 (2018/11/17 訪問)

北側に8つの曲輪南側に4つの曲輪。
石垣が残る。
険しい登山道が多く軽装で行かないように

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 杉原信平、杉原為平
築城年 延元元年〔南朝〕/建武3年〔北朝〕(1336)
主な城主 杉原氏
廃城年 天正12年(1584)
遺構 曲輪、横堀(空堀)、井戸、土塁、帯曲輪、出丸(馬場跡)
指定文化財 県史跡(鷲尾山城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 広島県尾道市木ノ庄町木梨
問い合わせ先 広島県教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 082-513-5021