甲山城から車で40分くらいで、国道432号線沿い空スペース(34.714524、133.111822)に着きました。
そこから、説明板前(34.713001、133.111616)を経由して、登城口付近(34.713347、133.112293)に向かいました。
有福庄は京都の賀茂別雷社の荘園で、1185年(文治元年)土肥実平・遠平父子が有福荘の地頭となって守護所が置いていたようです。
築城年代は定かではないようですが、鎌倉時代に竹内弥次郎兼幸によって築かれたと云われています。
1336年(建武3年・延元元年)竹内兼幸は南朝方として有福城に立てこもったが、北朝方の山内氏・長谷部氏などの攻撃を受け有福城は落城しました。
その後、有福氏の居城となってはじめ尼子氏、後に大内氏、最後に毛利氏に従ったとされます。
有福氏は藤原秀郷の後裔和智筑前守豊実の次男尾越朝実の子元貞がはじめて有福氏を名乗ったとされます。
この元貞の時代、1581年(天正9年)に有福城の普請と番衆を置くように毛利輝元より命じられています。
有福伊賀守元貞の後には嫡子有福玄蕃允貞茂が早世したため、弟の尾越丹波守元久が継いで名乗りを尾越に戻したようです。
有福城は国道432号線の東にある標高525.2mの有福山(鶏足山)山頂に築かれています。
国道432号線沿いに説明板が建っています。
登山口の案内はなく、案内板と城山の間にある民家の脇から登山道があるようですが、時間の都合で説明板の写真を撮って撤退しました。。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=上下陣屋に向かいました。
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