広電西広島駅から徒歩30分弱で、小茶臼山登山口(34.406191、132.424413)に着きました。
築城年代は定かではないですが、己斐氏によって築かれた城です。己斐城はに平原城とも呼ばれ、己斐新城が平原城、己斐古城が岩原城、詰城が立石城でありいずれも己斐氏の居城です。
己斐氏は厳島神領衆の出身で動静ははっきりしませんが、 1515年(永正12年)銀山城主武田元繁に攻められるが落城しなかった。時の城主己斐豊後守師道入道宗端は有田城合戦で討死しました。
宗端の子、己斐豊後守直之の時、1554年(天文23年)折敷畑の戦いの前に草津城などと共に毛利元就に攻撃され、落城しました(防芸引分)。
直之は、翌年の厳島の戦いで毛利方の宮尾城の城将として戦い、合戦後に隠居しました。その後、直之の弟、己斐利右衛門興員が城主となりました。
1600年(慶長5年)関ヶ原合戦後に毛利氏が防長2ヶ国に転封になるとともに廃城となりました。
城址は整備されています。
また曲輪などの遺構もきれいに残っています。己斐東小学校の脇にある石段から登城することができます。
攻城時間は30分くらいでした。次の攻城先=己斐古城へ徒歩で向かいました。
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