じぜんじょうあと

寺前城

滋賀県甲賀市

別名 : 持前城
旧国名 : 近江

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標柱
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昌官忠

公共交通のみで(東海&関西遠征)5日目:寺前城 (2024/09/26 訪問)

村雨城より自転車で北側に少し(1分かからない)進んで、寺前城標柱入口(34.915860、136.157499)に着きました。
この場所から山側を見るとなんとか標柱が遠くに見えます。

寺前城の詳細は詳細は不明のようですが、「甲賀郡中惣遺跡群」のひとつとして国の史跡に指定されています。

標柱付近で城址への進入口を捜しましたが見つかりません。(「しんちゃん」さんはどこからはいったのかな?)
しかたないので標柱(草に隠れています)の写真を撮って撤退しました。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=服部城(城びと未登録 滋賀県甲賀市)へ自転車で向かいました。

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しんちゃん

小雨の中、訪問。しかも藪曲輪‥これはキツい。 (2023/06/26 訪問)

寺前城は甲賀郡中惣遺跡群として国の史跡に指定されています。
元亀元年(1570)甲賀武士団は織田信長との野須川の戦いに敗れ、軍門に下り、
その後の羽柴秀吉の兵農分離によって終焉を迎えます。
正式なルートは村雨城から入り込むようですが
このたびは直接入り込んでいます。(あまり行儀が良くありませんが)
主郭の周囲を土塁で囲まれていますが、
主郭そのものは酷い草ボウボウでヤブ曲輪と化しています。
なんとか散策はしましたが、村雨城へのルートも藪に覆われ通過できそうも
ありません。国の史跡なのに‥とにかく甲賀は藪がキツすぎる。
からくも北西の虎口から脱出し、堀切を確認しながら
北東に回り込むと東郭につながる道があるようです。
そのまま元来た道から退散しますが、小雨がふっていたこともあり
靴もズボンも濡れてしまいました。
甲賀の城攻めは季節を選んだほうが良さそうです。


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甲賀郡中惣遺跡群 (2022/03/20 訪問)

村雨城から大池側を通り登城しました。土塁や空堀が残されていますが西側に土塁はありませんね。

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イオ

技巧的な虎口も藪の中… (2021/01/31 訪問)

室町期に築かれたと考えられますが、文献等には登場せず、城主や歴史など一切が不明です。

新名神・甲南IC近く、大谷池西岸の丘陵地に築かれた城で、丘陵北側の頂部に主郭を設け、南側の尾根続きには村雨城があります。村雨城を主郭とし、寺前城を副郭とする別城一郭の城とも考えられるようです。

主郭は東辺を除く三方を高土塁がめぐり、北部と北西部に虎口があります。どちらの虎口も主郭北部の横堀を土橋で渡り、進路を屈曲させるなど技巧的な造りになっています。二つの虎口は北西部の櫓台(状の土塁)のあたりで合流して城外に通じていたようです。この北西部が大手口だと思われますが、この日は村雨城から登城しましたので、主郭南下の深い堀切と、主郭南辺土塁外周の堀切の土橋を越えて主郭に至りました。しかし、お隣の村雨城の主郭内は笹がきれいに刈られていましたが、寺前城の主郭は藪に沈んでいました…。虎口などはよく整備されればなかなか見応えがあると思うんですけどね。

それにしても、主郭の東側には土塁がなく、大谷池に面した削平地が広がるだけですが、大谷池は近世に用水池として整備されたもののようですし、やはりその際に改変されたものなんでしょうか。
 

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城郭情報

分類・構造 丘城
築城主 不明
築城年 15〜16世紀
主な城主 不明
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、虎口、堀切
指定文化財 国史跡(甲賀郡中惣遺跡群)
再建造物 碑、説明板
住所 滋賀県甲賀市甲南町新治
問い合わせ先 甲賀市観光協会
問い合わせ先電話番号 0748-60-2690