たかおじょう

鷹尾城

兵庫県芦屋市

別名 : 鷹尾山城、芦屋城
旧国名 : 摂津

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城山(鷹尾城跡)の説明板
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イオ

城郭遺構と思いたい (2025/09/13 訪問)

戦国期に細川高国の命により瓦林正頼が築いた城で、山麓の芦屋城と山上の鷹尾山城からなり、芦屋河原の合戦では赤松義村の攻撃により落城。船岡山合戦の敗報を受けて赤松義村が兵を退くと、瓦林正頼は越水城を新たに築き、鷹尾城には鈴木与次郎を置いて越水城の支城としました。その後、越水城とともに廃城となったようです。

阪急・芦屋川駅から登城開始。高座の滝道をたどって、城山(鷹尾城跡)の説明板のある分岐を城山側へ進んだ先に登城口があります。駐車場はありませんが、登城口脇に2台ほど駐められそうです。東六甲のあたりは徳川期大坂城の石垣の石切場だったようで、登城道沿いにも矢穴のある残念石がいくつか見られました。登城口から約10分で中腹の展望所、さらに10分ほど登ると主郭にたどり着きます。

主郭にはTV中継所が建てられるなど改変されていますが、ベンチからは神戸側を見渡すことができます。主郭から北に続く尾根筋からは東側に三条の竪堀を落とし、土橋も見られます。土橋の石積は後世の土留めでしょうか? 主郭より高い位置にある北郭には送電鉄塔が建てられていますが、草木が生い茂っていて郭の形状はよくわかりませんでした。北郭で引き返して今度は尾根筋の西側に入ると、尾根沿いに二条の横堀が走っています。二重横堀の西側斜面には帯曲輪らしき平坦地も見られました。

尾根沿いに二重横堀を設けるというのも不自然に思えますし、戦時中には高射砲観測塔の塹壕が掘られたそうですが、これはこれでなかなか見応えがあるので、とある煩悩の登城目録さんに倣って私も城郭遺構だと思うことにします。
 

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芦屋河原の合戦 (2025/10/30 訪問)

 永正8年(1511年)細川高国と細川澄元による芦屋河原の合戦の舞台となった城です。日本城郭大系によると鷹尾城は平城と山城とがあり、平城部は宅地化により遺構は消滅しているようです。山城部にはいくつかの削平地、土塁、堀切、竪堀などが見られますが、戦時中、高射砲の観測塔が建てられ、それに伴って塹壕が掘られ曲輪の形状が不明になっています。ハイキングコースとしても整備されているため、正確な縄張り図は示すのが困難で推定図が掲載してありました。推定図に記載されている空堀跡は二重空堀でいい感じに残っています。塹壕跡かもしれないとも思いましたが、日本城郭大系に空堀跡と掲載されているので空堀跡と思うことにしました。ただ空堀跡だとすると変わった縄張りです。登城口からNHK山芦屋テレビ放送中継所を経由して鷹尾山山頂まで行き引き返してきました。NHK山芦屋テレビ放送中継所を過ぎると空堀跡などがあります。城跡らしい場所を撮影してきましたが、上記の理由で確信はありません。

 阪急芦屋川駅より徒歩約15分で登城口に行くことができます。途中に案内板がありました。

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芦屋の豪邸もいろいろ (2020/02/01 訪問)

トーダイさんが登城の際は、黄砂で景色が霞んでたとのことから、大阪湾方面と神戸方面の眺望写真をアップします。登山道は、更に奥の荒地山に続くハイキング道であり、けっこうハイカーに会いました。一人で黙々と道を整備している方も。
麓の説明板に、わざわざ「中世の城跡としての遺構は何も残っていない」と書くのもどうなんでしょう。
下山後、豪邸見物を兼ねて平野城まで山手を散策しました。

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城郭情報

分類・構造 山城、平城
築城主 瓦林正頼
築城年 永正8年(1511)
主な改修者 瓦林正頼
主な城主 瓦林氏
廃城年 元亀元年(1570)?
遺構 曲輪、土塁、堀切、堅堀
住所 兵庫県芦屋市城山