かみあかさかじょう

上赤坂城

大阪府南河内郡

別名 : 上赤阪城、楠木城、小根田城、桐山城
旧国名 : 河内

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橋吉

上赤坂城 (2011/06/29 訪問)

上赤坂城(楠木城)はわかりにくいところにあります。

私のナビでは「赤坂城」と設定できるだけで、それは下赤坂城を示しておりました。
住所を調べても「大阪府南河内郡千早赤阪村桐山」とあるだけで、番地がわかりません。

このあたりだとおもわれる広域農道を走って、ようやく表示を見つけることができました。

ここから、しばらく農道を走ると行き止まりになります。
車を3台ほど駐車できるスペースがあり、ここに駐車して

山道を20分ほど歩きました。

それほど大きな城ではないが、下赤坂城を出丸、上赤坂城を本丸、千早城を詰めの城とするならば強力な砦となり、土地勘のある正成軍が鎌倉幕府軍に対し、十分持ちこたえたのもうなずけるような気がします。

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城塞群 (2019/09/09 訪問)

上下赤坂城から金剛山・千早城の間にはたくさんの城跡があるとのこと。行きやすそうな尾根沿いの坊領山城(国見山城)、猫路山城を上赤坂城、千早城に挟んで歩いてきました。千早城→金剛山を先にして、下りが長い山道を行きました。
金剛山山頂を出て直ぐに山崩れで、本来の道が行けず迂回を迷う。出会う登山者に聞きながら、上赤坂城に向かう、桐山・二河原辺道への分岐に至ったが、ここからが難渋。倒木、草藪で、迷いそうになりつつも、坊領山城、猫路山城を経て、なんとか上赤坂城にたどり着けた。
金剛山山頂では雲がかかっていたが、上赤坂城では晴れ渡り、素晴らしい眺望。
バス停に向かう途中に、楠木正成公生誕の地の道の駅(千早赤阪道の駅)があり、スイカと甘酒のスムージーが乾きを癒してくれました。

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イオ

河内平野を睥睨す (2019/01/13 訪問)

千早城に続いては、楠木正成公つながりで上赤坂城へ。

登城口から少し登ると一の木戸。そこから先は尾根筋を掘削した切通道が続き、途中、喰い違い的に折れ曲がった箇所もあったりで、城塞感を満喫しながら登ることができました。国史跡だけあって整備状態も良く、そろばん橋付近の堀切や竪堀、二の丸周辺の横堀と竪堀、本丸を取り巻く帯曲輪など、見応えのある遺構が数多くありましたが、私が一番気に入ったのは、本丸からの河内平野一帯を見晴るかす絶景! 近くはPLの塔、遠くはあべのハルカス、彼方には淡路島まで見通すことができ、ここが赤坂城塞群の中心であることを実感しました。

…それにしても、苗木城や岐阜城など、山城からの眺望に強く惹かれるのは、元登山部の習性ゆえかもしれません。

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カルビン

念願の楠木正成のお城 (2015/03/21 訪問)

お気に入りの楠木正成のお城群(と100名城)を見にはるばる車で東京からやってきました。
朝一で高取城→千早城→楠木正成誕生地と見学した後にここ・・・上赤坂城を登城しました。

南北朝時代のお城には土塁や掘等の遺構はあまり存在していなかった様で、上赤坂城にもその手の遺構はほとんどありませんでした。
(同様に千早城にも)

この備えでよく六波羅の大群から有る程度の期間とはいえ小人数で守り続けられたものです(汗)

ただ、千早城よりは地形に恵まれていなかった為に落ちてしまったのかと。
そのおかげか、千早城よりずーーっと見学しやすいお城です。。。高低差が他の山城に比べてかなり登りやすいものでしたので。


登城口にある看板に書かれたマスコット[まさしげ君]の容姿は、わざと無能で有る事を装って鼻毛伸ばしたままと言われていた楠木正成とは正反対のものでしたw


公共交通機関で訪問するのはほとんど無理なので、車で行くしか無さそうです(台数少ないけど駐車出来るスペースが登城口すぐ手前にありました)

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 楠木正成
築城年 元弘年間(1331~1334)
主な城主 楠木氏
遺構 曲輪、横堀(空堀)
指定文化財 国史跡(楠木城跡(上赤阪城跡))
再建造物 石碑、説明板
住所 大阪府南河内郡千早赤阪村桐山
問い合わせ先 千早赤阪村役場
問い合わせ先電話番号 0721-72-0081