もりぐちじょう

守口城

大阪府守口市

別名 : 森口城
旧国名 : 河内

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難宗寺の太鼓櫓
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赤い城

住宅地の中に (2025/06/18 訪問)

仕事で近くまで来たので立ち寄りました。
地下鉄の守口駅から向かい、徒歩で5分くらい。
難宗寺周辺が主郭跡ですが遺構は残りません。
このお寺には太鼓楼があり、城っぽさはなんとなく?
太鼓楼の前には京街道の石碑が立っていました。

近くの盛泉寺周辺が二郭跡とのこと。
こちらも遺構は残りません。
この2つの郭で成る連郭式平城だったとされています。

時間的にもあまりウロウロ出来なかったので早々に立ち去ることにしました。

【見どころ】
 ・難宗寺の太鼓櫓

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昌官忠

公共交通のみで(東海&関西遠征)12日目:守口城 (2024/10/03 訪問)

守口市駅から徒歩5分くらいで、難宗寺付近(34.738699、135.566647)に着きました。

守口城は1399年(応永6年)に起きた「応永の乱」の際に、大内義弘の家臣である杉九郎が居城したと伝わっています。
その後「応仁の乱」や「石山合戦」などでたびたび戦場となっており、「石山合戦」では明智光秀がここを砦にしたそうですが、詳しいことはわかっていません。

現在城址には難宗寺が建てられていますが、所在地についても諸説あるようです。
失敗しました。太鼓門のGPS座標を誤り、見ることができませんでした。後で調べたら、すぐ近くなのに悔やまれます。
電車の時間が迫り、雨も降っているので太鼓門を捜すのを諦めて撤退しました。攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=江口城を目指す為、守口駅から電車で瑞光四丁目駅に向かいました。

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しんちゃん

太鼓楼と築地塀が良い感じ。近くに大塩平八郎ゆかりの書院跡あり。 (2023/07/18 訪問)

守口城は難宗寺周辺が城址と伝わります。
応仁の乱の際に大内義弘の家臣の杉九郎がここを守っていたという話や
明智光秀が砦を築いたなどの情報が検索すると出てきます。
難宗寺は周囲を築地塀で囲み北側に太鼓楼と長屋門を配し
なかなか良い雰囲気を漂わせています。
すぐ近くのマック(大阪ではマクド)に大塩平八郎ゆかりの
書院跡の案内板と石碑がたっていますので
合わせて訪問してみると良いと思います。

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難宗寺 (2022/06/04 訪問)

 京阪本線守口市駅より徒歩約10分、本丸跡といわれている難宗寺へ行くことができます。太鼓櫓が城址の雰囲気を醸し出しています。二の丸跡といわれている近くの盛泉寺へも行ってきました。

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城郭情報

分類・構造 連郭式平城
築城主 杉九郎
築城年 室町時代
主な城主 杉氏
遺構 消滅
住所 大阪府守口市竜田通