いでのじょう

出野城

京都府船井郡


旧国名 : 丹波

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ぴーかる

出野城 (2022/10/16 訪問)

【出野城】
<駐車場他>駐車場はなし。出野八幡宮前<35.270143, 135.361738>の道路脇に停めました。
<交通手段>車

<感想>日帰り丹波の黒豆購入と城攻めの旅2城目。出野城は鎌倉時代、承久の乱で功があった武蔵国片山郷の片山平九郎右馬允広忠がこの丹波国和知荘地頭職を賜り移って築城したといわれます。戦国時代末期には片山氏に代わって出野氏が居城としたといわれます。
 城跡は八幡宮になっています。上記ポイントよりスロープ道を少し登ると出野八幡宮の鳥居がありその先に比高のある高い切岸階段、途中に判別不能の竪堀のような凹みも見受けられます。主要部は社殿があり2段状になっています。神社の奥に下段の曲輪があり奥に進むにつれて藪化しています。更に奥に堀切と連続竪堀があるようなのですが、ちょっと進むにはキツイので下段の曲輪で引き返しました。

<満足度>◆◇◇

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トーダイ

出野八幡宮が城址です (2019/06/26 訪問)

鎌倉時代に承久の乱の功により和知荘地頭職を賜った片山平九郎右馬允が新補地頭として武蔵国片山郷より移り、その後、築城したと思われる。天正年間(1573~92年)頃、片山氏に代わり出野氏が居城したと言われる。

出野八幡宮の一の鳥居<35.270290,135.361942>が登城口、二の鳥居まで約200mは(滑り止め付)舗装路、クルマでも上がれるが車幅しかない急坂路、路駐+徒歩を勧めます。二の鳥居から本殿まで3平段、最上段の背後に腰郭・竪堀らしい遺構を確認するが、藪しか写らない。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 片山平九郎右馬允
築城年 鎌倉時代
主な城主 片山氏、出野氏
遺構 曲輪、堀切、竪堀
住所 京都府船井郡京丹波町出野