いえきじょう

家城城

三重県津市

別名 : 頭ヶ谷城
旧国名 : 伊勢

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二重掘切1
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家城主水祐 (2025/02/22 訪問)

 北畠氏の家臣家城氏の居城と伝わっています。戦国時代の家城主水祐は槍の名人として活躍しました。
主郭の北東にある二重堀切と南の三重堀切が見どころです。二重堀切は深さがある程度残っていて高揚感が高まります。二重堀切を横から写真を撮りましたが、主郭から遠位部の堀切は倒木でよく見えません。三重堀切も撮ってみましたが斜め下からとなり主郭側の堀切がよくわかりません。堀切以外にも帯曲輪や尾根には曲輪の跡と思われる削平地もありました。コンパクトな城址ですが、遺構が明瞭で楽しく散策できます。

 JR家城駅より徒歩にて登城しました。

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ぴーかる

家城城 (2024/11/23 訪問)

【家城城】
<駐車場他>駐車場はなし。<34.622273, 136.323069>から道なりに東へ100m程行くと1台だけ停めれる待避所があるのでそこに停めました。そのまま東に進むと<34.624277, 136.327135>の地点くらいに空き地へ降りる分岐がありますが、チェーンがかかっていたり(11/16に行ったら雨だったので下見に来たときは)登城日の11/23にはチェーンは外されていました。
<交通手段>車

<見所>堀切
<感想>日帰り伊勢山城攻め旅2城目。家城城の築城は正中年間(1324~1326年)に家城氏によって築城されました。家城氏は北畠氏の古くからの家臣で、戦国時代には家城之清という大河内城の戦いで奮戦した槍の名手がいます。
 城跡へは上記の南側の山林道から行くとショベルカーが置いてある空き地がありますのでそこから北側にすぐ3重堀切があります。城跡は主郭を中心に南側に3重堀切、北側に2重堀切があり、東西に帯曲輪が縦断しています。主郭は小さな削平地で中心の西端に櫓台の土壇が僅かに残されていて礫石も僅かに散らばっています。
 城跡の南の上方向に南家城城というのがあるようなので、山全体が城塞化していたと思われます。駐車ポイントから城跡までの間に扇状の削平地と石垣があり、砂防の石垣とも居館跡とも判別不能な古い石垣が残されていました。

<満足度>◆◆◇

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しんちゃん

主郭の南北を堀切で遮断している。 (2023/10/15 訪問)

家城城は北畠氏に仕えた家城主水頭之清の居城で、之清は槍の名手として名を
はせたと伝わります。大河内城を織田勢が攻めた際には日置大膳・長野左京亮らと
共に敵を迎え撃ったとされています。主家の北畠具教が三瀬の変で殺されると
天正5年(1577)北畠具親の挙兵に応じて参上しますが、日置大膳らに攻められ
川俣の戦いで討ち死にしたそうです。登城道は民家の近くのフェンスに扉があり
害獣除けの針金を解いて入っていきます。車はT字路の近くに一台留めることの
できるスペースがあるので利用させていただきます。谷間の左手に道があり
ここから登ると楽らしいですが、前日の雨で足元がすべるので、登れそうなところを
登って上方に上がっていきます。尾根が左右に見えますが左手の尾根から回り込む
ように右手の城域に北側から侵入します。2段の堀切を越えて主郭に入ると土塁や
櫓台らしい高まりがあります。一度主郭から降りて南側に回るとそちらにも堀切
や郭があります。この日はもう暗くなってきたのでここで探索は終了にしました。
帰途で確認したのですが西の尾根にも堀切が縦断しており、西側からの敵の侵入
に対応しているようです。明確な登城道が無く、雨の日やその翌日には足元が
すべるので、ある程度の注意が必要です。

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じゅんじん

林道から (2022/12/30 訪問)

工事現場らしき付近から入ります。主郭には小さな看板がありました。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 家城主水正
築城年 正中年間(1324〜1326)
主な城主 家城氏
廃城年 不明
遺構 曲輪、腰曲輪、堀切
再建造物
住所 三重県津市白山町南家城字上広