波多野氏の居城とされ戦国時代には朝倉氏の一乗谷城の支城として重要な役割を担っていたと考えられています。標高473・7メートルの城山山頂部と、そこから派生する尾根上に曲輪を展開しています。曲輪、堀切、畝状竪堀等が残っていました。特に畝状竪堀が多く見られることが特徴で浅くはなっていますが、よく残っています。水平部にもあり畝状阻塁(阻塞)というべきでしょうか。水の手があり高地ですが水が湧き出ているのが確認できます。池にはおたまじゃくしがいました。よく整備されていて気持ちよく散策できます。
えちぜん鉄道勝山永平寺線光明寺駅より徒歩3分くらいで城山登山口である花谷友遊広場駐車場に行くことができます。そこから頂上まで2.4Kmあり、舗装されていない林道を歩いて約40分かかりました。道は傾斜も緩く歩きやすかった。登城路から城域まで地元の保存会の方々が整備されているとのことで散策しやすくなっています。林道には地元の志比小学校の児童が書いてくれたという道標がありました。数字で示されていて登城口の1から始まり、ゴールは20でした。歩くのに励みになります。
+ 続きを読む