花谷友遊広場から約2.3kmの林道を行きます。終点に模擬柵あり、雰囲気を盛り上げてくれています。急な階段を登ると尾根道へでて、T字路になっています。左が城域で右は馬車道ですと。尾根伝いに馬車が行き来できる比較的なだらかな道があったのですねえ。
福井新聞オンライン(2018年7月5日)「波多野城跡(永平寺町)連続する竪堀群必見 福井の山城へいざ!」を参照。
城びと先人が指摘されている比較的平らな場に設けられた畝状竪堀(阻塁)が特徴です。福井新聞には、「畝状竪堀は、越前において元亀元年から天正8年までの約10年間に使用され、特に織田信長の越前侵攻に備えるため切迫した状況の下で国内の主要な城に導入されたのでしょう」とあります。また、縄張りの特徴として、「曲輪を確保するよりも堀切を重視している点でも一乗谷詰めの城と共通した考え方」とあります。また、今も水の手に水が湧き出ていました。福井新聞には、縄張り図も掲載されているのですが、花谷友遊広場の入り口にある説明板の「史跡散策ルート図」であると注釈があります。しかしながら、花谷友遊広場にある散策図は写真1だけでした。城びと先人の投稿にもありません。2022年より前まではあったのでしょう。
平場の畝状竪堀を関東でも見たことあるなあと記憶をたどり調べると、群馬県の松井田城でした。平坦な場所だが、守りにくかったり、広すぎたりで、自陣に取り込みたいくないが、敵にも利用されたくない場合に採用されるのでしょうか。
波多野城の北に九頭竜川が流れ、こちらが表と思います。裏側の南に入り込む谷があり、永平寺があります。波多野氏は、都に居ずらくなった道元禅師を保護して、道元禅師はここに永平寺を開いたのでした。
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