あるがじょう

有賀城

長野県諏訪市

別名 : 天狗山城
旧国名 : 信濃

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小城小次郎

ばりばりのチューンナップを施せたのは (2022/05/01 訪問)

削り残しの土塁を擁する主郭をはじめ全体に高い加工度を誇る。これだけのチューンナップを施せる(施す必要があった)のは鎌倉以来の有賀氏でも戦国末期の千野氏でもなく、武田傘下の猛将・原虎胤の在城期なんだろうな。きっと。

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江音寺 (2021/12/24 訪問)

 諏訪から伊那への要衝有賀峠の入口に築かれた城です。尾根の先端部を利用したコンパクトな城址です。堀切や竪堀、土塁等が残され見ごたえがありました。特に主郭背後の堀切は圧巻です。江音寺近くからも行けますが、江音寺の前を通る県道50号線(諏訪辰野線)を登って行くと左手に有賀城跡の看板があり登城路が整備されています。

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赤い城

有賀峠への道沿いに (2021/09/26 訪問)

江音寺墓地の裏山が城跡でお寺から登れます。
この日は有賀峠への道の途中からショートカットで登城。
数台駐めれる駐車スペースからすぐに冠木門があり、さらに登ると主郭背後の堀切にたどり着きます。
主郭には高い土塁が残っています。
また主郭からの眺望は良さそう。晴れてたら。
主郭から江音寺に向かって郭が連なって下っていました。
主郭と二郭の間にも堀が残っています。
諏訪氏一族の有賀氏の居城で有賀氏は武田氏の家臣となるものの泰時の時代に木曽義仲とともに挙兵し、武田氏に滅ぼされました。
もっとじっくり見たい城をでした。
高島城訪問の際には是非、おすすめです。

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り2日目:有賀城 (2021/06/28 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り2日目の16城目は有賀城です。
高遠城の移築搦手門から転戦。江音寺墓地(36.018369、138.082363)に駐車し、墓地(36.017975、138.082362)から登城しました。

有賀城は、承久年間に有賀氏によって築かれました。有賀氏は諏訪一族で諏訪頼忠から分かれたとされ代々有賀の地を領していました。
1542年(天文11年)に高遠頼継が挙兵した際は武田氏に味方するも、1546年(天文15年)に有賀泰時は木曽義昌に通じたため武田氏に滅ぼされました。
その後は原虎胤、千野靭負尉が城主となりました。江戸時代には諏訪頼水の家臣である千野丹波守房清が城主をつとめています。
現在城址には土塁や堀切などの遺構が残っており、北麓に千野氏の菩提寺である江音寺があります。

痛い右足を引きずりながらの攻城でした。
豪快な堀切に横堀+竪堀という複雑な縄張。主郭前後の堀切は規模が大きいです。
攻城時間は40分くらいでした。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 有賀次郎
築城年 承久年間(1219〜1222)
主な城主 有賀氏、原虎胤(武田氏家臣)、千野氏
遺構 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、竪堀
再建造物 碑、説明板
住所 長野県諏訪市豊田有賀