かつぬましやかた

勝沼氏館

山梨県甲州市


旧国名 : 甲斐

投稿する
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

じゅんじん

武田氏一族 (2026/07/26 訪問)

信虎公弟の信友が勝沼氏を起こしましたが次の代で信玄公に滅ぼされました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

にのまる

ぶどう園の景色と共に。 (2026/06/29 訪問)

勝沼ぶどう郷は車窓からの眺めが中央東線随一と言っていいほど素晴らしく、この景色を見るために電車に乗りに行ったこともありますが、下車して勝沼氏館へ行くのは久しぶりです。

広大なぶどう園を眺めながら坂道を30分くらい下って到着しました。(帰りはずっと上り坂なので曇天でよかったです。)

最初に内郭を見学しました。
居館だけでなく工房や庭園もあり、発掘物の数々がこの場所に濃密な暮らしがあったことを物語っています。石組みなどで再現された建物跡が想像の助けとなりました。

続いて東郭へ向かったのですが、一旦旧甲州街道に出てぐるっとまわって行くと、東郭のさらに東側の「館外屋敷地」に『家臣屋敷』なる建物が。
この建物は記憶がないので前回見逃しています。内郭の説明板に「東郭の建物は礎石を持たない掘立柱建物で(内郭とは)明確な格差があった」と書かれていたので、ここも本来はそのような建物群だったようです。

大きな土塁で阻まれた向こうに外郭帯のひとつである東郭。この場所は主に工房群だったそうで、職人居住棟もあり、館の規模が徐々に拡大していったことが理解できました。

発見されたのがのが1974年と最近で(1981年国史跡指定)、明らかになっていない真実がまだまだ眠っていそうです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

小城小次郎

甲府盆地を見下ろす位置にある (2025/09/10 訪問)

武田一門ながら武田信玄によって粛清された勝沼信元は武田信虎の弟の孫。甲府盆地を見下ろす立地は武田宗家をも見下ろす位置にあって宗家に取って代わりたくなるのもわからんではない。木橋再建されないかなあ。

+ 続きを読む

イタさん

主郭の土塁・建屋跡などがよく整備されている (2025/08/26 訪問)

 国指定遺跡の館跡で、広範囲が史跡指定範囲になっている。見学したのは主郭部分と東郭のみだったので、範囲内の家臣団屋敷跡、北郭、北西郭に遺構があるのか分からない。西入口のトイレ横の部屋にパンフレットが置いてある。パンフレットに拠れば、15~16世紀に営まれた有力武将の居館跡で、武田信虎の弟・信友が勝沼衆を率いてこの地を拠点としていたと資料がある・・・。館跡の縄張は3期に分けられる事が判明しています。第2期が発展期で、3期では主郭の外堀・外土塁を埋め立て、屋敷を建てるなど防衛機能を失うような改変がなされ・・・。整備の目標は第2期を目標にしている・・・とある。
 主郭の北は果樹畑、東郭の南半分は県立ワインセンターが建っている。主郭の東門跡、東から北に繋がる堀、圧巻の土塁を堪能できる。説明には無いが、主郭の北側土塁の内側に浅いが堀状の凹みと土塁が見られる。郭内は発掘調査結果の建物跡、石組み水路・排水・水溜が整備されている。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 連郭式平城
天守構造 不明
築城主 勝沼信友
築城年 永正17年(1520)頃
主な改修者 勝沼氏
主な城主 勝沼氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 国史跡(勝沼氏館跡)
再建造物 模擬橋、模擬門、石碑、説明板
住所 山梨県甲州市勝沼町勝沼
問い合わせ先 山梨県教育委員会教育庁学術文化財課
問い合わせ先電話番号 055-223-1790