お城ライブラリー vol.9 浅田次郎著『黒書院の六兵衛』

お城のガイドや解説本はもちろん、小説から写真集まで、お城に関連する書籍を幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は、浅田次郎著『黒書院の六兵衛』。江戸城明け渡しを巡る不思議な顛末―。




江戸城明け渡しにまつわる椿事

徳川260余年の大平の世を現出させた「武士という生き物」。その精神の結晶として描かれているのが『黒書院の六兵衛』の主人公、的矢六兵衛である。

作品は、江戸から明治へと移り変わる時代の変革期、世にいう「江戸城無血開城」から明治天皇が江戸城(東京都)に入るまでが舞台。城主である徳川慶喜はすでに城を出て上野寛永寺に謹慎中。受け渡しを待つばかりの江戸城に、官軍の先遣隊がやって来るところから物語が始まる。

だが、江戸城西の丸御殿には恭順を誓わない武士がひとり、一言も語ることなくじっと居座り続けており、江戸城明け渡しの指揮を執る勝安房守も困惑する始末。この男はなぜ居座り続けるのか。男の名は御書院番の的矢六兵衛というらしいが、居座る本人は的矢六兵衛ではないらしい、ではいったい何者なのか。

本書にはもう一人主人公がいる。尾張藩御徒組頭を務める軽輩で、官軍先遣隊の指揮官を急遽命じられて江戸城に入ることになった加倉井隼人である。加倉井は勝安房守に頼まれて、六兵衛をなんとか動かそうとするが六兵衛はテコでも動かない。そればかりか、当初、虎ノ間に詰めていたはずが、大広間御納戸、帝鑑之間と居場所を変えていき、ついに将軍御座所である黒書院に居座るようになる。

浅田次郎お得意の一人称語りを挟みながら、徐々に明らかになる的矢六兵衛の目的。物語のラストで明治天皇と対面する六兵衛を見て、加倉井は「天下禅譲の儀」にほかならないと確信する。最後まで黙したまま、しかし威風堂々と下城する六兵衛に、「言いたいことが山ほどあるはずだ」と詰め寄る加倉井。対して六兵衛は「物言えばきりがない。しからば、体に物を言わせるのみ」と答えるのだった。

明治天皇の江戸城入城によって、徳川の武士は260余年の勤めを終えた。作者の浅田次郎は、的矢六兵衛を通していったい何を語りかけたかったのだろうか。

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[著 者]浅田次郎
[書 名]黒書院の六兵衛(上下巻)
[版 元]文春文庫
[刊行日]2017年

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執筆/かみゆ歴史編集部(丹羽篤志)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。最近の編集制作物に『完全詳解 山城ガイド』(学研プラス)、『エリア別だから流れがつながる世界史』(朝日新聞出版)、『教養として知っておきたい地政学』(ナツメ社)、『ゼロからわかるインド神話』(イースト・プレス)などがある。

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