2018/02/01
ナワバリスト西股さんと行く! ビギナー女子の山城歩き STEP1【山中城の弐】インスタ映えだけじゃない! 障子堀の恐ろしさを知る
一見、ただの山と木しか見えないけど、山城ってどういうところが面白いの? どこに注目すればいいの? そんな迷えるお城ビギナーのために、実際に山城を歩きながら山城を学ぼう!というこのコーナー。水先案内人は城郭・戦国史研究家で、大河ドラマ『真田丸』で戦国軍事考証を担当した〝ナワバリスト〟西股総生先生。前回に引き続き、山中城(静岡県三島市)。いざ、“ワッフル” へ!!
障子堀を背景にワッフルを持ってパチリ。
山中城イラスト(三島市教育委員会提供/数字はこの回で行ったところ)
駐車場横は激戦地だった山中城の正面入り口
——昼食を終え、岱崎出丸(だいざきでまる)を出発した一行。来た道を戻り、駐車場の北側にある城の中枢部・本丸や西ノ丸方面へと向かう。
(中村蒐:以下中村)
「あれ、駐車場に戻ってきちゃった。もう城めぐりは終わりですか?」
(二川智南美:以下二川)
「違うよ、中村さん。西ノ丸方面は、岱崎出丸とは駐車場を挟んで反対側にあるんだよ」
(中村)
「そうなんですね、びっくりしました! それにしても、駐車場からじゃここが城跡なんてなんにもわかんないな〜」
(西股総生:以下西股)
「そんなことはないですよ。たとえばこの駐車場横に通る石畳の道、これは城の正面入り口である『大手門』とそこからのびる『大手道』④だったんですよ」
(中村)
「えっ、ここが? 門も何もないですけど…」
(西股)
「昔はあったんですよ。山中城に単身乗りこんだ渡辺勘兵衛は、岱崎出丸を通り抜けたあと、ここで数時間足止めをくらいます。守り手は正面を突破されたらたまりませんから、すごい銃撃戦がくり広げられていたんです。秀吉方の一柳直末という武将がここで討ち死にするほどでした」
(二川)
「むしろ勘兵衛さんが無事なことにびっくりです…」
出発地点が城の正面口だったことにびっくりする2人。「ここで熱いドラマがくり広げられたんですね…」
大手門跡。写真中央にある台形の盛り上がりも、実は櫓台だった。
——駐車場の脇から三ノ丸堀沿いに進み、箱井戸・田尻ノ池と呼ばれる2つの池がある。ここから西ノ丸や本丸への上り坂がのびている。
(二川)
「この三ノ丸堀⑤には、あぜはないんですね。水堀じゃなかったのかな〜」
(西股)
「水堀の方がお好み? そんな二川さんのために、ちょっと進むと…ほら、水面が見えてきましたよ。ご所望の水堀ではなく池⑥だけどね。この池から先は、いわば山中城の中枢部が広がっていて、堀にも斜面にもまず人の手が入っていると考えてよいでしょう」
(中村)
「ショベルカーもない時代に、この土木量!! すごい…」
三ノ丸堀。あぜ(障子)はないが、立派な空堀だ
2つの大きな池を越えたところが、西ノ丸や本丸エリアである
見た目とは裏腹に恐ろしい山中城の“ワッフル”こと障子堀登場!
——池からちょっとした上り坂を進むと、5分も経たずに西ノ丸へと到着する。周囲を取り囲む堀は、山中城最大の特徴ともいえる障子堀となっている。
(中村)
「西ノ丸⑦の入り口、ちょっと狭くないですか?」
(二川)
「これじゃあ、敵も一度に大勢で侵入できないね。しかも通路にそって右手に土塁がのびているから、侵入できてもどんどん撃たれそう」
(西股)
「丸太か何かで通路をふさいでおけば、敵の足が止まったところを狙えるから、入り口で敵をしっかりやっつけることができますね」
西ノ丸の入り口。狭い通路を登ってきた敵は、写真のように待ち構えていた城兵にやられてしまう
(西股)
「さて、この西ノ丸から下を見下ろしてみてください。不思議な光景が広がっていますよ!」
(中村)
「えっ、なにこれすごい!」
(二川)
「こういう遺構があることは知っていたけれど、想像していたよりずっとアーティスティック! きれいですね〜!」
(西股)
「この障子堀を見せたくて山中城に連れてきたので、喜んでもらえてなにより。ここまできれいに整備された障子堀は、全国でも山中城だけです」
西ノ丸から見下ろした障子堀。その造形からベルギーワッフルにたとえられる。
(二川)
「夏に来たら抹茶ワッフルになってるかな。私はこの障子堀を楽しみにしていたので…じゃじゃーん、ワッフルを持ってきました!」
(中村)
「いい匂いの正体はこれだったんですね! よ〜し、さっそくインスタに載せちゃおっと!」
(西股)
「ところで中村さん、何か気づきませんか?」
(中村)
「あれ、こうして比べてみると、意外と形が違うかも! ワッフルは交差部分がきれいな十字になってますけど、堀はそうなってないみたいです」
(二川)
「そもそも、あぜの上を歩いたら、簡単に向こう側に渡れちゃうのに、何のためにあぜを作ってるんだろう…?」
(西股)
「なかなか着眼点がいいですね。そう、この堀を越えようとしたら、誰だってあぜの上を歩くでしょう。ただし、このあぜ、今は平らで幅があるけれど、当時はもっと狭くて、平均台を歩くようなものでした」
(二川)
「おそるおそる平均台を歩く敵なんて、狙ってくださいというようなものですね」
(西股)
「そして、交差部分を十字ではなくT字にすることで、より通り抜けにくくしているんですよ。途中で曲がっていたらスピードを落とさざるをえないでしょう? あとは、あぜの分、土を掘る作業量が減るというメリットもありますね」
(中村)
「見た目によらず、めっちゃこわいんだ!」
さっそく、障子堀とワッフルを撮影。
西ノ丸手前の障子堀。「こっちの堀もきれいですね〜」(二川)
戦い方はホッチキス戦法で一網打尽!
(中村)
「ここの土塁もしゃがんで隠れられる高さ…っていうことは、火縄銃でバンバン撃ってたってことですね!」
(二川)
「こっちの西ノ丸側からだと、西櫓⑧が丸見えだから、西櫓にいる味方を間違えて撃っちゃいそうだなあ」
(中村)
「何言ってるんですか〜」
(西股)
「まあ、いざという時は攻撃したでしょうねぇ」
(中村)
「えぇ!?」
西ノ丸から西櫓を狙う西股先生。西櫓には、西ノ丸側にだけ土塁がない
(西股)
「西櫓は、馬出(うまだし)としての役割があった重要な曲輪でしたから、万が一西櫓が敵に占拠されても敵を殲滅できるよう、西ノ丸側にはわざと土塁が設置されていないんですよ」
(中村)
「うまだし…?」
(二川)
「簡単に言えば、出入り口の前に設けられる逆襲拠点ですよね」
(西股)
「詳しくはまたの機会に解説しますが、じゃあ西櫓の場合、どんな敵に対する逆襲拠点だったかというと、岱崎出丸を攻めている敵なんですよ。当時は今よりずっと木が少なかったはずですから、岱崎出丸の様子もはっきり見えたでしょうね」
(中村)
「えっと、つまり…?」
(二川)
「中村さん、西股先生が岱崎出丸で“一ノ堀越しに敵が攻めてきた”って言ってたじゃない? で、イラストを見てみると、西櫓は岱崎出丸を攻める敵の背中側に位置しているよ!」
(中村)
「ってことは…もしかして敵を挟み撃ちにした?」
(西股)
「ピンポーン! 例えて言うなら『ホッチキス戦法』でしょうか。ほら、岱崎出丸と西ノ丸・西櫓のV字が、ホッチキスみたいでしょう。岱崎出丸や大手門のあたりを攻めてくる敵を、ホッチキスでバチン! と留めるように、たたけるんです」
(二川)
「城全体の構造も、敵をやっつけるために考え抜かれていたんですね」
山麓(図の左側)から攻めてくる敵を、岱崎出丸と西ノ丸にいる城兵が挟み撃ちにすることができた
岱崎出丸から見た西ノ丸
——西ノ丸の裏手へまわってみると、未整備の障子堀が残されており、ところどころ地面がむき出しになっている箇所もあった。
(中村)
「整備前はこんな感じだったんだ〜。言われないと、障子堀だって気づかないかも…うわあ!」
(二川)
「中村さん! 大丈夫!?」
(中村)
「足を滑らせちゃった…。地面がむき出しになったところ、泥ですごく滑りやすい」
(西股)
「関東ローム層の土は、ツルツルして滑るんですよね。今は保護のために芝で覆っているけれど、当時はこのぬるぬるした土がむき出しでした。ということは…」
(中村)
「ツルツルの平均台なんて、ますます歩きにくくなっちゃう!」
西ノ丸裏手にある、未整備の障子堀。400年経つと遺構の判別が難しくなる
粘度の高い関東ローム層の土は、水はけが悪く滑りやすい
——インスタ映えとはウラハラな障子堀の恐ろしさを十分に知った一行は、続けて本丸方面を目指します。
山中城(静岡県三島市)の基本情報
アクセス:JR三島駅から東海バス・元箱根港行きで約30分、「山中城跡バス停」下車、目の前が山中城駐車場
駐車場:大手門跡そば(20台ほど)と台崎出丸の西下(大型バスも駐車可能な大きな駐車場)の2か所あり
見学時間:ゆっくり見て2時間くらい
服装:靴はスニーカーでOK、冬は防寒対策が必要
トイレの有無:大手門跡そばの駐車場に2か所あり
その他:自販機あり。東屋があるのでご飯を食べられるが、近くにコンビニなどはないため持っていく必要がある
※天候などの状況により、入場禁止になる場合があります。事前にご確認ください。
西股総生(にしまた・ふさお)
1961年、北海道生まれ。城郭・戦国史研究家。学生時代に縄張のおもしろさに魅了され、城郭研究の道を歩む。武蔵文化財研究所などを経て、フリーライターに。執筆業を中心に、講演やトークもこなす。軍事学的視点による城や合戦の鋭い分析が持ち味。主な著書に『戦う日本の城最新講座』『「城取り」の軍事学』『土の城指南』(ともに学研プラス)、『図解 戦国の城がいちばんよくわかる本』『首都圏発 戦国の城の歩き方』(KKベストセラーズ)、『杉山城の時代』(角川選書)など。その他、城郭・戦国史関係の研究論文・調査報告書・雑誌記事・共著など多数。
執筆・写真/かみゆ歴史編集部(滝沢弘康・二川智南美)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。