萩原さちこの城さんぽ 〜日本100名城・続日本100名城編〜 第22回 川越城 なぜ「小江戸」? 江戸と密接な歴史ある城

城郭ライターの萩原さちこさんが、日本100名城と続日本100名城から毎回1城を取り上げ、散策を楽しくするワンポイントをお届けする「萩原さちこの城さんぽ~日本100名城と続日本100名城編~」。22回目の今回は、川越城(埼玉県)をピックアップします。


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現存する本丸御殿。玄関と大広間が残り、家老詰所が移築復元されている。

さつまいもが川越名物になった理由

川越が「小江戸」と呼ばれるのは、江戸時代に徳川将軍家や江戸と関わりが深かったから。初代将軍・徳川家康と2代・秀忠は鷹狩りで川越に出遊した記録があります。また、川越藩は初代藩主を酒井重忠が務めたほか、松平信綱や柳沢吉保など大老や老中など幕政を担う重臣が藩主を務めています。遡れば1457(長禄元)年、太田道灌(資長)と父の道真(資清)が古河公方への備えとして築いたのが、河越城(中世では河越城と表記)。河越城は川越街道で江戸とを結んで防衛線を形成しており、中世の川越は江戸を凌ぐ大都市でした。

江戸時代、川越城と城下町の大きな転機となったのは、1638(寛永15)年1月の大火災です。これを機に、1639(寛永16)年に6万石で川越藩主となった松平信綱が城と城下町を本格的に整備し近世城郭としての川越城を完成させました。大幅な拡張・整備を敢行し、新河岸川や川越街道を整備したことで江戸との太いパイプができ、江戸の文化、学問、芸能などが川越に流通するようになりました。

城下町の整備により商業も発達しましたが、ここでも新河岸川による舟運が活躍しました。川越城下は農産物や特産品の集散地として機能し、江戸からの物資の集散地としても発展したのです。河岸場には河岸問屋がつくられ、川越と江戸で物資が輸送されて、川越は「江戸の台所」とも呼ばれる商人の町として繁栄。現在、川越でさつまいもを使ったスイーツが名物になっているのも、18世紀末に江戸で流行した際、川越産のさつまいもが舟運で江戸に運ばれたことで産地として定着したからです。

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富士見櫓跡。江戸末期の記録によれば、櫓の長さは約15メートル、幅は約14メートルあった。

全国に4つしか残らない城郭御殿のひとつ

川越城は本丸を中心として、北側に二の丸、その西側に三の丸が置かれます。現在の川越市立博物館のあたりが二の丸で、川越市立美術館が建つあたりが二の丸と三の丸を隔てる堀跡。本丸の南側に田曲輪、東側に帯曲輪が置かれ、西側には八幡曲輪、その西に中曲輪、追手曲輪が配置されていました。

数少ない川越城の名残りが、富士見櫓跡と中ノ門堀跡です。富士見櫓は川越城の最高所にあたる本丸西南隅に建てられた三重櫓。その名の通り、かつてはここからは富士山が望めたようです。城の中央には太鼓櫓、東北の隅に虎櫓、本城の北に菱櫓、南西に富士見櫓がありました。中ノ門堀は、西大手門から本丸方向への敵の進入を阻むためにつくられた堀のひとつで、3本の堀を食い違わせて配置していました。深さは約7メートル、幅は約18メートルで、内側は切り立つ崖のような急勾配。絵図によれば、堀の間に建てられた中ノ門は2階建ての大きな櫓門で、両側には土塀が設けられた土塁が続いていました。

川越城といえば、現存する本丸御殿が必見です。1846(弘化3)年の火災で二の丸御殿が焼失後、城主の新たな御殿として、川越藩4代藩主の松平斉典が空き地だった本丸に1848(嘉永元)年に建てました。残念ながら敷地面積にして8分の1、建坪で6分の1の規模しか残っていませんが、大藩の御殿らしい佇まいを見せています。明治維新後、本丸御殿をはじめ川越城の建造物は残念ながら次々に移築または解体。しかし本丸御殿の大広間と玄関だけは、入間県庁の庁舎として利用され、県庁が移動すると、入間郡役所、煙草工場、中学校の屋内運動場などとして使われました。大広間の天井にバレーボールの跡が無数についているのは、中学校として使われた時代の痕跡だそうです。

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本丸御殿の玄関。間口は13間もあり、巨大な唐破風が乗る。かつてはかなり広大な御殿だった。


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執筆・写真/萩原さちこ
城郭ライター、編集者。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演など行う。著書に「わくわく城めぐり」(山と渓谷社)、「お城へ行こう!」(岩波書店)、「日本100名城めぐりの旅」(学研プラス)、「戦う城の科学」(SBクリエイティブ)、「江戸城の全貌」(さくら舎)、「城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術〜」(講談社)、「地形と立地から読み解く戦国の城」(マイナビ出版)、「続日本100名城めぐりの旅」(学研プラス)など。ほか、新聞や雑誌、WEBサイトでの連載多数。公益財団法人日本城郭協会理事兼学術委員会学術委員。

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