お城ライブラリー vol.23 梶井基次郎著『城のある町にて』

お城のガイドや解説本はもちろん、小説から映画まで、お城に関連するメディア作品を幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は、文庫「檸檬」に収録されている、梶井基次郎の私小説「城のある町にて」をご紹介。物語は姉夫婦が住む松阪城下に、主人公が身を寄せることからはじまる。



松阪城下の情景をえがいた私小説

31歳の若さで亡くなった小説家、梶井基次郎(1901年〜1932年)をご存じだろうか。代表作は、高校の教科書にも掲載されることがある「檸檬」などだ。今回紹介するのは、その基次郎が松阪城下を舞台にした私小説、「城のある町にて」。「今、空は悲しいまで晴れてゐた。」の一文が有名で、文庫本『檸檬』に収録されている短編である。大正の風俗、松阪城と城下町の情景を楽しみたい作品だ。

妹を失った悲しみの中、姉夫婦が暮らす松阪城下を訪れた「城のある町にて」の主人公・峻(たかし)。基次郎の著作の中では比較的明るく、城下町の穏やかな日常はどこか優しい気持ちになれる。物語は、松阪城で見知らぬ老人が口にする「高いところのながめは、アアッ(と咳をして)また格別でごわすな」という、ユーモラスな台詞からはじまる。作中での松阪城は戦国時代に気付かれ江戸時代に政庁となった城ではなく、廃城後の市民に親しまれる公園として描かれる。

実際に作者である基次郎は異母兄弟を亡くした翌月、下宿していた東京から三重県松阪市殿町(当時は三重県飯南郡松阪町殿町)の姉夫婦の家に、養生のため身を寄せていたという。その家は、御城番屋敷から数百メートルほどに位置し、二階の窓からは松阪城の石垣を見ることができた。基次郎は、共に姉夫婦の元を訪れた家族が帰ってもなお姉夫婦の家に滞在を続けた。その中で基次郎は、松阪城を何度も登城し、草稿ノートを書きためている。また現在、江戸末期に松坂城の警護をする人々が住んでいた御城番屋敷は見学することができ、松阪城と合わせて楽しむのがおすすめ。松坂城二ノ丸跡からは、御城番屋敷の建物や石畳を歩く人々の姿も見える。

作中で主人公の峻は度々登城し、花火を見たり、散歩をしたり、城からの眺望について触れたりする。その様子を、現在の光景と見比べてみても楽しめそうだ。作品が発表された大正時代、御城番が城下に住んでいた江戸末期、そして城が築かれた戦国時代に思いを馳せてみてはいかがだろうか。

また、松阪城跡には、「城のある町にて」の文学碑が二ノ丸跡にある。そこには、基次郎の友人であった作家の中谷孝雄の字で、作中の次の一節が刻まれている。

    今、空は悲しいまで晴れてゐた。そしてその下に町は甍を並べていた。白
  堊の小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。そして其処此処、西洋菓子の間
  に詰めてあるカンナ屑めいて、緑色の植物が家々の間から萌え出ている。
                      
登城の際には、ぜひ探してみてほしい。

「城を越えてもう一つ夕立が来るのを待っていた」と締められる本作。読み終わる頃には、虫の声と夕立が来るまえのじめっとした大気、夏の松阪城の空気を五感で感じていることだろう。


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[著 者]梶井基次郎
[版 元]角川文庫(株式会社KADOKAWA)
[発行日]1969年(初出は1925年)
  






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執筆者/かみゆ歴史編集部(野中咲希)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。城関連の主な編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『はじめての御城印ガイド』(ともに学研プラス)、『廃城をゆく』シリーズ(イカロス出版)など。

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