江戸城スケッチ紀行 

現在、皇居がある場所は、徳川幕府の江戸城跡。周辺は、公園として一般公開されており、都心部にありながら、豊かな自然に恵まれています。植物も多く、散策して回れば絵心をくすぐられそう。スケッチブック片手におでかけしてみては? 今回は、日本画家で城郭研究家の大竹正芳さんが江戸城跡の見どころやお城を描く際のスケッチのポイントなどを紹介します。



スケッチブック片手に、いざ江戸城へ

平成から令和に元号が変わり、普段あまり皇室に関心のない人も連日のニュースで天皇家に興味を持たれたことでしょう。さて、その天皇のお住まいである皇居は徳川幕府の江戸城跡です。皇居が建っているのは広大な江戸城の中でも西の丸と呼ばれる曲輪で、城の中心部である本丸や二の丸、三の丸は宮内庁が管理する東御苑公園として一般公開されています。

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二の丸の林はまるで自然の山のようです

昭和天皇や明仁上皇が生物学に精通されていたこともあり、一帯は自然豊かな都心のオアシスとして人々の憩いの場となっています。特に昭和天皇の「雑草という名の草は無い」というお言葉は、陛下の自然に対する愛情のこもった名言として広く知られていますね。

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山野草のイカリソウも美しく咲いています

とはいえ、もともと江戸城は徳川幕府が全精力を傾けて築いた、日本最大最強の大城郭です。そこかしこに当時の土木技術の高さと、今は無き壮大な建物の片鱗を垣間見ることができます。

このように皇居=江戸城は、草花などの自然と史跡の両方が楽しめる嬉しさ2倍のお城です。みなさん、お城に行かれるときは必ずカメラを持って行かれますよね。でも、もし絵心のある人でしたらスケッチブックを片手に出かけていきませんか。写真とはまた別の楽しみ方ができるはずです。言うより実行、スケッチブックと絵の道具を持って、いざ江戸城へ。


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完成図。こちらの絵を描いていきます

都心のオアシス・緑の二の丸

初めて訪れる人は、地下鉄東西線の竹橋駅を利用すると分かりやすいです。駅真上に建つパレスサイドビルの東京駅側の地上出入り口を出て、横断歩道を渡ると、お堀にかかる木橋が現れます。この橋の向こうが江戸城平川門です。ここで守衛さんからプラスチックの札を受け取ると、江戸城内に入れます。ただし、江戸城の中心部である東御苑は定休日があるので、事前にネットなどで確認しておくといいでしょう。

ところであなたは花が好きですか。もし好きなら、ぜひ二の丸に行きましょう。二の丸は城址というよりも植物公園の雰囲気があります。四季の花が楽しめるよう庭園を中心に樹木や草花が植えられています。

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左上:池に映える桜 右上:ツツジの赤も見事です 左下:白地に紫と黄色が上品な印象のシャガ 右下:タケノコもしっかり成長中

取材した4月中頃は、桜のほかシャクナゲが庭園一面をピンクに染める一方、草むらでは白地に紫の斑点が映えるシャガの花が咲き乱れていました。花ばかりでなく、緑が豊かなため小鳥も訪れます。この時はシジュウカラが木の枝にとまっていました。また、二の丸以外でも本丸にはバラ園もあり、5月頃からハマナスや四季咲きのバラが見ごろになっているはずです。

シジュウカラ、皇居
思わずスケッチしたくなるような愛らしい姿のシジュウカラ

江戸城は時代を超えたアートです

花よりお城。そういう生粋のお城好きの人にも江戸城は満足できます。江戸城がどんなにアートか見ていきましょう。

江戸城は天下普請の名の下、主に西国の有力大名によって築城されました。そのため当時の最先端の技法が用いられています。しかも徳川家康、秀忠、家光と慶長期から寛永期にかけて三代にわたり築かれているため、同じ城でも場所によって石垣の築き方が異なっています。

さらに明暦の大火で天守が焼失した後は、焼け焦げて劣化した石垣の石を取り換えるにあたり、それまでのやや紫がかった黒っぽい色の伊豆石から白っぽい瀬戸内の石に石材が変わりました。このため同じ石垣の面が少しカラフルになってきました。

そのような中で見せる石垣も築かれています。それはどこかといいますと、大手門から入り、現存する百人番所を通り本丸へ行くための中之門跡です。百人番所の前に立ち上がる中之門の石垣は切石積みで、特に隙間なく積み重ねる「布積み」という技法で積まれています。面白いのはあえて石の大きさや形を変えて積んでいることです。石の大きさ形もまちまち、石の色も白、黒灰色、黄土色とさまざまなため、石垣がまるで抽象画みたいです。

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色も形もさまざまな中之門の石垣のアップ。現代芸術の作品と一緒に美術館に飾ってもまったく違和感がありません

中之門跡をくぐり緩やかな坂を登ると、そこは本丸広場です。ここにも桜などの木々が植えられていて、その奥には白っぽい天守台の石垣がそびえています。現在の天守台は明暦の大火の後、再建されたものです。家光時代よりも一間分低くなっていますが、それでも石垣の高さは鎌倉の大仏とほぼ同じ高さがあります。桜の季節ですと花越しに天守台を見ることもできます。

 江戸城を写生してみよう

さて折角スケッチブックを持ってきているので何か描いてみましょう。今回は江戸城の象徴的な建物である富士見櫓を描いてみます。明暦の大火で天守が焼け落ちた後、代用されたのが富士見櫓です。外側から見ると見栄えのする建物なのですが、あえて裏側を描いてみましょう。写真で有名なアングルは一般参賀の時などでしか見られず、普段は裏側しか見ることができないからです。

お城の櫓や天守は実はかなり描きにくいモチーフで、形をとるのに苦労します。しかし裏から見る富士見櫓はいたってシンプルなので、最初に描くにはとっつきやすいかと思います。しかも手前に木があるのでなんとなくごまかせます。

ちょうど都合よくベンチが置かれているので腰かけて描きましょう。スケッチをするときは全体の大雑把な形をとらえて紙面に上手くおさまるように薄く鉛筆でアタリを付けて構図を決めます。

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建造物を描くときはパース(奥行きを表現するための遠近法)にも気を付けてください。最初から細かいところから描き始めると収拾がつかなくなります。お城の縄張と同じです。最低限、まずは本丸、二の丸、三の丸等の主要な曲輪をどう並べるかが重要で、最初から虎口は複雑に、堀には畝を設けたいなど細部から築城し始めることはあまりないと思います。

江戸城、スケッチ

ある程度形が取れてから細部を描きましょう。よく観察してください。すると今まで気づかなかったこともわかってきます。例えば屋根の破風(三角形のところ)は緑色をしています。これは銅板が張られていて、それが錆びて緑青になっているからです。よく見ると、こいのぼりの鱗みたいな模様があります。これは青海波という海の波をデザイン化した伝統的な意匠で、お城では江戸城の建物にしか見られません。大海原まで支配する徳川将軍の権力の象徴ということなのでしょうか。

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窓の上下には横線状の出っ張りがあります。これは長押と呼ばれるものです。一般的に木造建築には貫という柱を貫通させて固定させる横材が用いられますが、補強と見た目のデザインのため、さらに柱を挟み込むように横材をはめ込みます。これが長押です。特に江戸城の櫓は長押を窓の上下に設けています。

江戸城、スケッチ
ここまできたら、あとは色付け!

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「自分の目を通して描いたその日のお城」が完成です! 写真とはまた違った魅力があふれています

このように絵を描くことによって、そのお城の特徴を知ることもできます。多少歪んでいてもお構いなく、これもその人の個性です。生き生きと描いたほうがお城の力強さが表現できます。さあ皆さんもお城の絵を描いてみましょう。


執筆・写真・イラスト/大竹正芳
日本画家&城郭研究家。東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業。日本城郭史学会委員、一般社団法人日本甲冑武具研究保存会評議員、毎日新聞旅行「戦国廃城を歩く」同行講師を務める。論文多数、玉縄城(神奈川県鎌倉市)等の城跡による町おこしの指導、コンサルタントも行う。画家としても有名百貨店にて個展多数、歌川国芳の七代目正統後継者でもある。

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