現地レポーターが語る!磐城平城のみどころ5選

日本全国には、お城が大好きで、日々SNSなどでお城の情報を発信し続けている方が、たくさんいらっしゃいます。今回は、福島県いわき市にある磐城平城を紹介するWebサイト『大好き!磐城平城』で、日々磐城平城の情報を楽しく発信している龍之介さんが登場。龍之介さん独特の視点で、お城の魅力をたっぷり紹介していただきます!

磐城平城、本丸跡地、丘陵、平地
丘陵と平地に築かれた磐城平城。木々が生い茂る部分が本丸跡地

実は徳川家康と伊達政宗に関係するお城だった!?

江戸時代、いわきにお城があったのをご存知だろうか? その名も磐城平城。地元では、「徳川家康が伊達政宗を威圧するため築かせた」とも伝わる城だ。初めて聞いたという方も多いかもしれないので、まずは磐城平城の歴史についてお話しする。

慶長7年(1602)、徳川家康から磐城四郡(福島県南東部)の内10万石を与えられた譜代大名の鳥居忠政は、同地に磐城平城を築き始める。磐城の北には外様大名、伊達政宗の存在が。そこで家康は「独眼竜を威圧できるようなお城を造ってね!」と鳥居忠政に告げたのでは? と妄想が広がる。そして実際、鳥居忠政は三方を川に囲まれ、丘陵と平地を併せ持つ場所を城地に定め、強大な磐城平城を完成させる。一説には完成までに12年、完成のために人柱も立てたと伝えられている。

本丸には天守代用の三階櫓が燦然と輝き、お城の形が龍に似ていることから別名「龍ケ城」(諸説あり)とよばれた。しかし、戊辰戦争により落城、明治維新により敷地・建築物は処分され、現在は住宅地・商業地などに様変わりしている。

「えっ!? それじゃ磐城平城って何も残ってないんじゃないの?」
そう思う方もいるだろう。でも、跡地には意外と遺構、痕跡が残っていたりする。それでは、いよいよ磐城平城の5つのみどころをご紹介しよう!
 
磐城平城跡、遺構
磐城平城跡にあるJRいわき駅北口交通広場。広場には現在の地図に磐城平城の城絵図などを重ね合わせて作製した『磐城平城下之図』(監修:いわき市教育委員会)が設置されている。磐城平城跡を訪れる際は同城絵図をカメラ等で撮影し、その画像を見ながら跡地を歩くと、お城の構造がよく分かるのでオススメ!

みどころ1 深い堀底が見られる外堀跡!

磐城平城には内堀、外堀、さらに大小の堀、水路が設けられていたが、明治維新の際、大半は埋め立てられた。現在、磐城平城跡の西側を国道399号が走っているのだが、その一部は外堀を埋めて築かれたものである。その地に立つと分かるのだが、両端は崖である。崖と国道の最大比高は約20m。ビル6階分ほどの高さである。磐城平城の高い防御力を実感できる場所だ。
 
磐城平城、外堀跡、崖
現在は、国道399号になっている外堀跡。落ちてしまったら崖を登るのは至難の技

みどころ2 敵兵がやられる! 曲がりくねった城坂

磐城平城の城絵図を見ながら歩くと、江戸時代の道が多少形を変えながらも結構残っているのが分かる。その道のひとつが城坂。この道は全長約192mにわたる坂道で、しかも大きく右へ左へと曲がりくねっている。もしも敵兵がこの城坂を駆け上り本丸を目指そうとしても勢いを削がれてしまう。さらにこの道は、磐城平城の兵士から鉄砲で四方八方から狙い撃ちされる場所がある。私はこの道を通る時、敵兵になったつもりで通るのだが「今日もやられた〜!」といつも思う。
 
磐城平城、城坂
右へ左へと曲がりくねる城坂。敵兵は疲弊したところを狙い撃ちされる

みどころ3 貴重な遺構、塗師櫓石垣!

磐城平城本丸の北側に築かれ、往時はその上に塗師櫓と呼ばれる平櫓を載せていた塗師櫓石垣。磐城平城の遺構としては唯一の市指定史跡である。『いわき市の文化財』(編集:いわき市教育委員会/平成29年/発行:いわき市教育委員会)によると、すべて自然石の石垣は「野面の大きさをそろえ、横目地を通すことを意識しながら、隙間に間詰を多く入れた布積崩しの新穴太積様式」で、西側面は長さ約13m、高さ約1m。北側面は長さ約13m、高さ約4mとのこと。惜しくも東日本大震災により上部は一部崩れて現在の高さになったが、今でも「俺が磐城平城だあ!」と言わんばかりの堂々とした姿を見せている。

磐城平城
塗師櫓石垣。歴史を感じさせる堂々とした佇まい

みどころ4 人柱伝説が残る丹後沢!

磐城平城跡に丹後沢と呼ばれる沼がある。鳥居忠政はこの沼を内堀とするために普請(土木工事)を行うが大雨が降るたびに崩れてしまった。その際、占いによって人柱を立てることになる。選ばれたのは、95歳の老人・丹後。沼は丹後の遺言により丹後沢と名付けられたという伝説が残る。

磐城平城、丹後沢
現在、丹後沢周辺は公園となっており、悲しい伝説とはうらはらに、緑いっぱいの穏やかな空間が広がる

みどころ5 一般開放のタイミングで訪れたい本丸跡!

いわき市が磐城平城本丸跡とその周囲、約1.5ヘクタールを公有地化し、『(仮称)磐城平城・城跡公園』とする計画を進めている。同地は現在民間の方が『磐城平城本丸跡地』として不定期だが一般に公開しており、公開日はWebサイト『磐城平城本丸跡地』にて確認できる。

平地から約30m、高い丘の上にある本丸跡。その先端に立つと鳥居忠政がここに本丸を築いた理由がよく分かる。とにかく見晴らしがいい。かつての城下町・いわき市平の繁華街なども一望できる。また、現在はビル等に遮られているが、 城絵図によると往時の本丸からは南東方向に仙台方面から続く「相馬海道」、さらに南東から南方向に磐城平城へ至る城下の道が確認でき、敵兵が来襲しても逐一その動きを掴める。本丸跡に立ち、もし仙台から伊達政宗が攻めてきたとしても、「動きを把握されたのでは!? と感じた政宗は退却するだろうな」などと、想像をめぐらせたい。

いわき駅からすぐのところにある磐城平城。城絵図を片手にぜひ一度訪れてみてほしい。

磐城平城、本丸跡、鳥居忠政
広々とした本丸跡。城絵図にはかつてこの地に屋根が橙色の御殿が存在したことが表わされている。そしてそのことを裏付けるかの様に本丸跡からは江戸時代に作製された橙色の軒丸瓦が出土している

磐城平城、本丸跡、JR常磐線
本丸跡から見た景色。現在は眼下にJR常磐線が走る

名称:磐城平城
別名:龍ケ城
形式:平山城
築城年:慶長8年(1603)頃
築城者:鳥居忠政
歴代城主:鳥居氏、内藤氏、井上氏、安藤氏
所在地:福島県いわき市平字旧城跡及び周囲
アクセス:JR常磐線いわき駅からすぐ(駅構内も磐城平城跡)

執筆・写真/龍之介(りゅうのすけ)
Webサイト『大好き!磐城平城』製作者。お城ファン。磐城平城に関しては調査、研究も行っており、2016年『磐城平城三階櫓は創建当初 外観三重の可能性がある』、2018年『磐城平城「三階櫓」の造形は 城絵図により異なっている』と題する調査、研究報告を『夕刊いわき民報』(福島県いわき市)にて発表、ごく一部の方の間で話題になる。

※歴史的事実や城郭情報などは、各市町村など、自治体や城郭が発信している情報(パンフレット、自治体のWEBサイト等)を参考にしています

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