超入門! お城セミナー 超入門! お城セミナー 第8回 |【歴史】:「籠城戦」って勝ち目はあるの?

初心者向けにお城の歴史・構造・鑑賞方法や、お城の用語など、ゼロからわかりやすく解説する「超入門!お城セミナー」。今回のテーマは籠城戦。城を舞台にした戦いはどのように行われていたのでしょうか。

支城への援軍は領主の義務

敵の攻撃を防いで城に籠る籠城戦。「たまに反撃もするみたいだけど、勝ち目はあるの?」「悪あがきにしか思えない」なんていう否定的な声をよく聞きます。確かに、籠っているだけで勝てるのか疑問に思うのはごもっとも。

実は籠城戦はほとんどの場合、味方からの援軍である「後詰め」が来ることが前提の戦術なのです。例えば、B国がA国を攻める場合、B国は国境沿いにあるA国の支城を攻めていきます。攻められたA国の支城は敵の襲来をのろしや伝令などで本城に連絡。報せを受けたA国の領主は支城を助けるために援軍を送ります。この援軍を後詰め軍と呼ぶのです。城を囲む攻城軍の後方から後詰め軍が来ると、挟み撃ちが可能になります。

本城が支城に後詰めを送ることは義務のようなもので、籠城軍の役割は敵を倒すことではなく、「後詰めが来るまで城を守ること」。つまり籠城は時間かせぎで、勝敗は攻城軍と後詰め軍の戦いで決まるのです。

──さてさて、がんばって籠城しているうちに後詰め軍が近づいてきました。
これで攻城軍が「引け、引け〜い!」と撤退すると後詰め成功&勝利。撤退せず、「迎え討ってくれるわ!」と攻城軍の主力が後詰め軍と戦うと「後詰め決戦」となります。

桶狭間の戦い、厳島の戦い、長篠の戦いなどもこの後詰め決戦で、籠城戦があったからこそ劇的な勝利があったともいえるのです。長篠の戦いは、領土拡張を目指す武田勝頼に攻められた長篠城主・奥平信昌が徳川家康と織田信長に援軍を求めたことが発端。この救援要請に応えた家康と信長は3万超えの兵を率いて長篠城(愛知県)へと出陣。長篠城から4kmほど西に位置する設楽原に布陣し、武田軍と激突したのです。

馬防柵、長篠の戦、設楽ヶ原決戦場
設楽ヶ原決戦場に復元された馬防柵。大量の鉄砲投入で有名な長篠の戦いは長篠城防衛を目的とする織田・徳川の後詰め軍と武田軍の戦いだったのだ

籠城戦の末に落城した、「渇え殺し」の鳥取城(鳥取県)の戦いや北条氏が滅んだ小田原攻めの時の籠城も、当初は後詰めを期待しての籠城でした。
鳥取城の場合、当時の城主は毛利家重臣の吉川経家でしたから、攻城側の羽柴秀吉も毛利軍との後詰め決戦を想定し、鳥取城の周囲に約70もの陣城(城攻め用の臨時の城)を築いています。当時、吉田郡山城(広島県北部)を本拠としていた毛利家は鳥取県の北東部に位置する鳥取城へ向かう途中、美作(岡山県北東部)で織田方の宇喜多直家軍と激突しますが、これを突破できませんでした。そのうえ、東伯耆(鳥取県中部)へ進軍した一族の吉川元春への支援を優先したため、鳥取城に後詰めを送ることができませんでした。補給路も完全にシャットアウトされ、4か月に及ぶ籠城で餓死者の肉を食らうほどの惨状となってしまったのです。

鳥取城、太閤ヶ平、羽柴秀吉
羽柴秀吉が鳥取城攻めの際に本陣を置いた太閤ヶ平から鳥取城を見る。秀吉は鳥取城を厳重に包囲し、毛利の後詰め軍を近寄らせなかった

また豊臣氏が滅んだ大坂の陣でも籠城戦が試みられますが、冬の陣では攻め上る徳川軍を城から離れた場所で迎撃する作戦だったからまだしも、夏の陣は豊臣氏が動かせる兵は、大坂城に詰めている数万人の兵のみ。後詰めが期待できない以上籠城しても勝ち目はなく、大将首を狙った捨て身の突撃をくり返すくらいしかできなかったのです。

勝ち目がなければサッサと降伏すべし

でもこうして城と命運を共にした例は珍しく、実際は勝ち目がないとわかると、城に火を放ってスタコラ逃げたり、サッサと降伏するのが当たり前でした。

唐沢山城(栃木県)は、軍神と呼ばれ恐れられた上杉謙信に合計10回も攻められました。城主の佐野昌綱は北条家に後詰めを依頼したこともありますが、基本的には早々に謙信に降伏するか城から逃亡しています。しかし、越後を本拠地とする謙信が居城・春日山城(新潟県)に帰ってしまうと昌綱は唐沢山城を取り戻して謙信から離反、春になると謙信が再び攻めてくる…。これを10年も繰り返し、昌綱はついに謙信から城を守り抜いたのです。

現代なら城を捨てるなんて、「卑怯者!」「プライドないの?」なんてディスられそうですが、「城を枕に討死でござる」といった美学は、江戸時代に入ってから儒教の普及とともに理想化された「武士道」の観念。戦国時代の常識や実態とは、実はかけ離れたものだったのです。

唐沢山城、佐野家
唐沢山城遠景。城の堅牢さと昌綱の引き際の良さにより、佐野家は戦国時代を生きのびることに成功する

ともあれ、後詰めがちゃんと来てくれるならば籠城戦はとても有効な作戦だったわけで、「悪あがき」のイメージは、どうかこの機会に払拭してあげてください。


執筆者/かみゆ
書籍や雑誌、ウェブ媒体の編集・執筆・制作を行う歴史コンテンツメーカー。

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