お城ライブラリー vol.29 ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』:大胆だけど臆病者!?まったく新しい[北条早雲]像を描く

お城に関連する作品を幅広く紹介する「お城ライブラリー」。第29回は北条早雲の知られざる青年期を活写するマンガ『新九郎、奔る!』。北条早雲は謎多き武将であったが、最近ではその出自や経歴が徐々に明らかになりつつある。人気マンガ家・ゆうきまさみが、新たな北条早雲像に挑む!

「何を始めちゃったんだろうというぐらい大変」

歴史人物の場合、新説や新発見によって、その素性や人物像ががらりと変化してしまうということは少なくない。近年では斎藤道三がその例だ。以前は油売りなど名もなき身分から下剋上を果たしたと語られてきたが、商人から身を起こしたのは父の新左衛門尉のほうで、美濃の国盗りは父子2代による偉業だったと最近では考えられている。大河ドラマ『麒麟がくる』でもその筋で描かれていた。

マンガ『新九郎、奔る!』の主人公である北条早雲も、かつては斎藤道三と同様に、一介の素浪人から立身した下剋上の体現者と考えられていた。しかし近年では研究が進み、伊勢氏の一門であることがわかった。伊勢氏は、京都で足利将軍家に近侍した名門である。本人は生涯に一度も「北条早雲」を名乗ったことはなく、名を「伊勢盛時(宗瑞)」という。その通称が「新九郎」だ。

作品内で伊勢新九郎は、応仁・文明の乱で揺れる京の政局に振り回され、領地となる備前(岡山県)では、次々と襲いかかる難題に右往左往する。決して英雄でもなければ、武芸の達人でもない。大胆に行動したかと思えば、事の成り行きに不安を隠せない。壁にぶつかるごとに成長していく、普通の青年だ。

作者は2020年に画業40周年を迎えたゆうきまさみ氏。北条早雲を主人公にした新連載が始まると知ったとき、旧来のファンは少なからず戸惑いを覚えた。『究極超人あーる』や『機動警察パトレイバー』などを代表作とするこれまでの作品と、時代劇がマッチしないように感じたからだ。が、そんな心配はこの大ベテランでヒットメイカーの前ではまったくの杞憂だった。登場人物も多く、政治背景を説明するだけでも難しくなりがちだが、きちんとエンタメ作品として楽しめるのは画業40年の熟練の腕ゆえだろう。合戦や疫病などで人の生き死にが今よりずっと身近だった時代、「命の軽さ」が本作のテーマになっている。それでも作品として重くないのは、適度にギャグや引き笑いが挟みこまれ、マンガとして絶妙なバランスがとられているからだ。

歴史マンガでは、服装や建物の描写に苦労する。氏もインタビューの中で、「本当に何を始めちゃったんだろう」というぐらい大変だと愚痴っているが、例えば将軍の御殿や京の町並みなどは、少ない史料を参考に当時の姿がよく再現されている。

城についても同様だ。備前の新九郎の領土には、平地にある居館の背後に、丘陵に築かれた詰城が築かれている。詰城が登場するというだけで城ファンはワクワクしてしまうのだが、ある緊迫した事件が起こったとき、居館内では人の耳目が気になるため、わざわざ詰城まで移動して内密の話をするという場面がある。これなどは、詰城の役割や居館と詰城の距離感などが理解できていないと描けないシーンであろう。今後登場するだろう、姉・伊都の嫁ぎ先である今川氏の駿河館や、新九郎の居城となる興国寺城がどのような姿になるのか、今から楽しみだ。

作中ではここまで、新九郎は“奔走”“狂奔”の連続である。やがて彼は“出奔”することになるのだが、今後どのように戦国大名へと成長していくのか。これからの展開に目が離せない。

※ゆうきまさみ氏のインタビューは、『ゆうきまさみロングインタビュー: WITH A LITTLE BIT OF LUCK』(小学館)、『文藝別冊 総特集 ゆうきまさみ』(河出書房新社)を参照した

新九郎、奔る!
[著 者]ゆうきまさみ
[書 名]新九郎、奔る!
[版 元]小学館
[刊 行]1〜6巻(最新刊7巻が5/12発売予定)

©️ゆうきまさみ/小学館

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執筆者/かみゆ歴史編集部(滝沢弘康)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。最近の編集制作物に『イラストでサクッと理解  流れが見えてくる日本史図鑑』(ナツメ社)、『イラスト図解でサクッとわかる 時代別いちばんエライ人でわかる日本史』(朝日新聞出版)などがある。2021年4月に朝日新聞出版から『地域別×武将だからおもしろい 戦国史』発売予定!

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