理文先生のお城がっこう 城歩き編 第30回 石垣の分類

加藤理文先生が小・中学生に向けて、お城のきほんを教えてくれる「お城がっこう」の城歩き編。30回目の今回は、石垣の分類がテーマ。実は石垣の種類や石の積み方は、造られた年代によってかなり異なるのです。その違いを詳しく見ていきましょう。




現在(げんざい)の石垣(いしがき)の分類に使用されている「野面積(のづらづみ)」「打込接(うちこみはぎ)」(打込ハギ)、「切込接(きりこみはぎ)」(切込ハギ)という用語は、荻生徂徠(おぎゅうそらい)(江戸時代中期の 儒学(じゅがく)を修め、講(こう)じた学者です)が『鈐録(けんろく)(我が国と中国の戦の仕方をまとめなおした本です)で石垣勾配(こうばい)のうえから三種にしたのが最初で、以後一般(いっぱん)に普及(ふきゅう)した用語です。林子平(はやししへい)(江戸時代後期の政治(せいじ)・経済(けいざい)学者です)『海国兵談(かいこくへいだん)( 海からの敵襲を防御することの必要性を説いた本です)では、それぞれ「野面(のづら)」「打欠(うちかき)」「切合(きりあい)」と表現(ひょうげん)が替(か)えられています。

石垣の積み方の流れ

石垣を大きく見れば、野面積から、打込接、切込接へと変化していく流れであったことは間違(まちが)いありません。自然石を積み上げた石垣が古く、石を打ち欠いた加工具合が多い程(ほど)新しい石垣になります。石垣は江戸時代を通じ、地震(じしん)や台風などの自然災害(さいがい)によって、何度も崩(くず)れてしまい、そのつど積み直しを受け続けました。幕末(ばくまつ)期に積み直したにも関わらず、元あった石材をそのまま再(さい)利用し、野面積のまま積み直した石垣も存在(そんざい)しますので、注意が必要です。

また、石垣は使用する石の材質(ざいしつ)によっても大きく異(こと)なります。比較(ひかくてき)加工がしやすい花崗岩(かこうがん)や安山岩(あんざんがん)と、すぐに割(わ)れてしまう圭岩(けいがん)、砂岩(さがん)では、当然石垣に違(ちが)いが出てきてしまいます。石材が全国どこでも同じように取りそろえることが出来れば、最も加工しやすい石材を使用して、全国に同じ石垣が出現(しゅつげん)し、発展(はってん)していったはずです。ところが、場所によって採(と)れる石も異なり、その石の加工の仕方も違っているため、同じ時期に築(きず)かれていながら、様々な石垣が見られるのです。

石垣の分類1

石垣を大きく分類すると、石材の加工の有無や度合いによって前述(ぜんじゅつ)の三種類に、積み方によって二種類に分けられます。

野面積(のづらづみ)(野面)
自然石をほとんど加工せず積み上げた石垣です。石材は、未加工の小、中自然石を使用する場合がほとんどです。自然の石ですので、積み上げた時に石と石の間に隙間(すきま)が空くため、間詰石(まづめいし)を詰めることもありました。法面(のりめん)(石を積み上げて人工的に作られた斜面(しゃめん)のことです)の傾(かたむ)きは比較的緩(ゆる)やかで、高さはあまり高くありません。別の目的で使用されていた石(五輪塔(ごりんとう)・宝篋印塔(ほうきょういんとう)など)を、石材として転用して使用することもありました。

石垣、大和郡山城天守台
大和郡山城(奈良県大和郡山市)天守台。未加工の自然石をそのまま積み上げた石垣です。石材の大きさはそろうものの、石の形が不揃(ふぞろ)いのため乱積(らんづみ)になります

石垣、浜松城天守台
浜松城(静岡県浜松市)天守台。こちらも自然石をそのまま積み上げた石垣です。横目地を通すように積む布積(ぬのづみ)です

打込接(うちこみはぎ)
粗割石(あらわりいし)(石を粗く割って方形状(じょう)に整えたものです)の接合(せつごう)部を加工し、石と石の間の隙間を減(へ)らし、その隙間に丁寧(ていねい)に間詰石をめた石垣です。法面の傾きは、野面積に比較し急になっています。5m以上の高さがある高石垣も登場し、反りの強い「(おうぎ)の勾配(こうばい)」も見られます。天正(てんしょう)年間後半(1590年頃から)から広く用いられるようになる最も多く見ることのできる石垣です。

石垣、駿府城天守台
駿府城(静岡県静岡市)天守台。粗割石を積み上げ、隙間には丁寧に間詰石が充填(じゅうてん)されています。横目地を通そうとしていますが、石材の形が不揃いで乱積となっています。

石垣、大坂城天守台
大坂城(大阪府大阪市)本丸石垣。ほぼ同じ大きさの石材を横目地が通るように積み上げた石垣です。典型的な布積になります

切込接(きりこみはぎ)
石材を余(あま)すところなく徹底的(てっていてき)に加工し、石と石の間の隙間を無くした石垣です。法面の傾斜は急になる石垣が多く見られます。切込接は、隅角(すみかど、ぐうかく)部分から使用が始まり、元和(げんな)年間(1615~24)以降(いこう)築石(つきいし)部にも使用されるようになります。

石垣、江戸城天守台
江戸城(東京都千代田区)天守台石垣。方形に加工された石材を横目地が通るように積み上げた布積の石垣です

石垣、金沢城石川門
金沢城(石川県金沢市)石川門石垣。石材を見せることを意識して多角形に加工してあるため横目地が通らない乱積になります。意匠(いしょう)の一つと考えられます

石垣の分類2

石の積み方からは、大きく布積と乱積に分けられます。

布積(ぬのづみ)
石材の長い方を横方向に並べて置いて、横目地(よこめじ)(目地とは、石と石の継(つ)ぎ目のことです)が通るように積み揃(そろ)えられた石垣です。石材が同程度(ていど)の大きさに加工された場合が多く見られます。

乱積(らんづみ)
石材が不揃いであるため、横目地が通っていない石垣です。大小の大きさが入り混(ま)じっているため、石材間の組み合わせが難(むずか)しくなりますが、布積より丈夫(じょうぶ)で崩れにくいと言われます。

石垣、名古屋城本丸
名古屋城(愛知県名古屋市)本丸の石垣。左側が石材を横目地が通るように積んだ布積で、右側は横目地が通らない乱積です。石垣の構築者が異なるために起こった現象です

この他に、変則的(へんそくてき)な石垣も存在しますが、ほとんどが江戸後期以降の新しい積み方になります。石材を斜めに積んだ落積(おとしづみ)(谷積(たにづみ)、六角形に加工した石材を利用した亀甲積(きっこうづみ)、大きさの揃った四角錐(しかくすい)形の石材を積み上げた間知石積(けんちいしづみ)などがあります。

石垣、小松城、小島陣屋
左は、小松城(石川県小松市)御三階櫓台の亀甲積の石垣です。右は、小島陣屋(静岡県静岡市)大手門近くの落積の石垣です

今日ならったお城の用語(※は再掲)

※野面積(のづらづみ)
自然石をそのまま積み上げた石垣のことです。加工せずに自然石を積み上げただけなので石の形や大きさに統一性(とういつせい)がなく、石同士(どうし)がかみ合わず、隙間が空いてしまいます。そこで、その隙間に中型(がた)から小型の石材を詰めることもありました。

※間詰石(まづめいし)
石材と石材の隙間を埋めるために詰められた石のことです。古い段階では、自然石を使っていましたが、割石や隙間に合わせて加工された石材が使われるようになっていきます。

※法(矩)(のり)
法面(のりめん)とも言って、人工的に作られた土塁(どるい)や石垣の傾斜角、斜面のことです。

打込接(うちこみはぎ)
石材の角を加工して組み合わせやすくして、隙間に間詰石を詰めた石垣です。最も多く見られる石垣です。

扇の勾配(おうぎのこうばい)
下部は緩く、上部にいくにつれて次第に急勾配になり、最後は垂直にそそり立つような「反り」を持つ石垣です。

切込接(きりこみはぎ)
石材を完全に加工し、形を整え隙間なく積んだ石垣です。江戸時代になって登場した積み方です。

※隅角部(すみかどぶ・ぐうかくぶ)
石垣が他の石垣と接(せっ)して形成される角部(壁面が折れ曲がっている部分)のことです。曲輪(くるわ)側に対して外側に折れている隅角を「出隅」(ですみ)と言い、内側に折れている隅角を「入隅」(いりすみ)と言います。

※築石(つきいし)
積石(つみいし)とも言います。石垣の本体を構成(こうせい)する石材で、隅以外の普通の部分に積まれた石垣のことです。

落積(おとしづみ)
「谷積(たにづみ)」とも言われます。石を斜めに落とし込(こ)んで積む方法で、江戸時代末期の新しい石垣に見られます。明治以降は、この積み方が主流になりました。

亀甲積(きっこうづみ)
石を六角形に整形して組み合わせて積んだ石垣です。正六角形ではなく多角形の場合が多く見られます。江戸時代後期に使用されるようになります。

次回は「算木積(さんぎづみ)」です。

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加藤理文(かとうまさふみ)先生
加藤理文先生
公益財団法人日本城郭協会理事
(こうえきざいだんほうじん にほんじょうかくきょうかい りじ)
毎年、小中学生が応募(おうぼ)する「城の自由研究コンテスト」(公益財団法人日本城郭協会、学研プラス共催)の審査(しんさ)委員長をつとめています。お城エキスポやシンポジウムなどで、わかりやすくお城の話をしたり、お城の案内をしたりしています。
普段(ふだん)は、静岡県の中学校の社会科の教員をしています。

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