PR 城びと編集部員が行く! 長篠・設楽原の戦いをまるっと体感!「愛知歴史体感塾2025」イベントレポート【PR】

得た知識を体で理解する歴史ベント「愛知歴史体感塾2025」が、2025年12月6日(土)に設楽原古戦場で開催されました。小和田哲男先生による最新の研究成果を解説する講演と、クリス・グレンさんも加わっての現地解説ツアーという豪華な内容に、定員30名の枠を巡って642名もの応募が殺到した本イベントの様子をレポートします。

「愛知歴史体感塾」って? 

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愛知県は三英傑をはじめとする多くの武将を輩出した歴史観光の宝庫です。「愛知歴史体感塾」は、こうした「武将のふるさと」としての魅力を発信するためにあいちの歴史観光推進協議会が企画しました。 これまでの「武将」に加え、「お城」や「街道」といったテーマを掛け合わせ、「専門家の講演×現地を歩く」という形式で“知識を体感できる”のが大きな特徴です。昨年小牧山城で始まり、今回が2回目の開催となります。

今回のテーマは「長篠・設楽原の戦い」

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募集チラシより

合戦から450年目ということで舞台に選ばれたのは「長篠・設楽原の戦い」の地である設楽原決戦場です。長篠・設楽原の戦いとは長篠城(愛知県新城市)の攻防戦に端を発し、織田・徳川連合軍と武田軍が設楽原で激突した歴史的な戦いです。結果は連合軍の勝利となりました。信長の膨大な鉄砲による三弾撃ちが、強敵武田の騎馬隊を破ったと、これまで言われてきました。
前回同様、(公財)日本城郭協会理事長の小和田哲男先生による講演で知識を得た後、小和田先生・お城好きDJで(公財)日本城郭協会理事のクリス・グレンさんによるガイドで現地を歩きます。

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決戦の地そのものに位置する新城市設楽原歴史資料館(愛知県新城市竹広字信玄原)が今回の講演会場です。館内には設楽原の戦いに関する資料や、世界各地の銃などの火縄銃コレクションが充実しています。

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屋上からは古戦場を一望できる構造になっており、戦いの地形を俯瞰するには最適の場所です。

小和田先生による最新研究解説

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まずは知識を得るパートです。小和田哲男先生による歴史講演「書き換えが進む長篠・設楽原の戦い」では、従来の通説を覆す最新の研究成果が語られました。従来は「長篠の戦い」と言われていましたが、決戦地が設楽原であったことから呼称が変わりつつあること、武田軍を滅亡させたダメな息子とみられていた武田勝頼が、決して力量不足ではなく、父・信玄に匹敵する名将であると再評価されつつあること、その強大な武田軍を連合軍が破ったすごさなどに焦点が当てられました。

また、武田軍は騎馬隊だけが主力ではなく、鉄砲も他家と同レベルには所持していたが、堺を信長に押さえられ玉を十分に用意できなかったことや、信長が用いたとされる「鉄砲三段撃ち」の実現性など、“従来の常識”に対する現在の研究についても、専門的な知見から詳しく解説されました。

知識と体感のつなぎ役!設楽原歴史資料館の自由見学

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講演と現地ツアーの間には、設楽原歴史資料館の自由見学タイムが設けられました。館内には、講演でも触れられた「三段撃ち」に関する詳細な解説展示や火縄銃の展示があり、参加者はこれから向かう決戦場を前に、熱心に資料に見入っていました。

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いざ出陣!超贅沢な設楽原決戦場解説ツアー

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左からクリス・グレンさん、小和田哲男先生・湯浅大司館長

なんと、ガイドツアーに、同館の館長であり、銃砲史や郷土史の専門家でもある湯浅大司さんも同行してくださることに! 決戦場が「庭」である強力なサポーターを味方に、得た知識を体感に深めるべく、いざ出陣!

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当日資料より転載
設楽原歴史資料館→①武田勝頼観戦地(才ノ神本陣)→②設楽原決戦場(馬防柵)→③ 徳川家康物見塚→④徳川家康本陣跡→⑤山県三郎兵衛昌景の墓→⑥信玄塚→資料館へ帰還

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実は鉄砲の玉を発見したくて、設楽原に来るとついつい下ばかり見て歩いてしまうという小和田先生。鉄砲の玉は雨の後、子どもがよく見つけるそう。見つけても自分の物にはできず博物館等にお渡しすることになりますが、発見した玉に好きな名前をつけられるとのことなので、今回も地面にも注目して歩きます!

お城EXPO2025
途中要所要所に「設楽原古戦場いろはかるた」の看板があります。

① 武田勝頼観戦地(才ノ神本陣)

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一番の見どころ!と専門家たちが推すのがここ、ポイント①の武田勝頼観戦地(才ノ神本陣)です。近年整備が進んだおかげで見学できるようになったそうです。

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お城EXPO2025 
この向こうに敵が……! 「今はこれだけ竹が生えていますが、昔はなかった。全部見渡せた。馬防柵まで400mくらいだからまさに最前線に本陣があった」(湯浅館長)

武田軍本陣から連合軍側・かの有名な馬防柵に向かって出発します。

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当たり前ですが、織田・徳川・武田以外も戦場にいたということを思い出させてくれた看板。一人も帰ることはなかった……

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凛々しい行軍

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見えてきました!馬防柵!! の前に……

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武田軍本陣から馬防柵へ向かう道を行きながら聞く小和田先生の解説は、その地に実際に立っているだけあって非常に説得力がありました。
「こうして見ると(敵陣まで)とにかく近いことが分かる。大声を出しゃ聞こえる。
敵がはっきり見えた。でも馬は使えないんですね、水田があるから。
合戦は旧暦5月に起こっていて新暦だと7月。6月の大雨の後だから水量が多い。特にこの辺りの田んぼはぬかるみが強いと言われているんですね。昔の農家さんがいうには、腰や胸のあたりまで沈むほどだったとか。だから、馬から降りても走りにくい。走りにくいからゆっくり動く。ゆっくり動いていればやられちゃう」

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「ここはついつい写真撮りたくなる」と先生がパチリ!

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「先生が撮るほどなんだ!」と参加者のみなさんもパチリパチリ!

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両軍の距離が本当に近いです。ここは水田、天然の堀 

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現代はすたすた行けど当時は泥にまみれ進軍困難だった

設楽原決戦場(馬防柵)に到着

 ついにかの有名な馬防柵に到着! ここでは、柵だけでなく背後全体を含めて陣城のようにとらえていたことの解説がありました。

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柵ばかりに目が行きがちですが、ここで注目したいのは、切岸と土塁。

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柵だけが策じゃない!

参加者からの「馬防柵を作るのにどれくらいの時間がかかったのか?」という質問に対し、小和田先生は「持ち運びできる木材を使用し、およそ2日程度で完成させていただろう」と回答。復元されているものよりも実際はもっと長い距離に柵が設けられていたので、手間と運搬が大変だったことでしょう。

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雄々しい本日の連合軍! この柵の中から泥に苦戦する武田軍を狙い撃ちしました。武田軍の焦りと恐怖を想像すると心臓が痛いです……

馬防柵から家康物見塚に向かう途中の道は、思っていたより屈曲しています。
「屈曲していると騎馬や弓の使用が難しく、味方同士の意思疎通も困難になる」という、戦術的な不利についての解説に納得です。

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徳川家康物見塚は山県三郎兵衛昌景の墓の正面

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家康は、戦いを一望できる場所に身を置きました。敵方は本当に目と鼻の先です。

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物見跡から望む山県三郎のお墓

その山県三郎のお墓に向けて出発です。
途中、戦闘が特に激しかった場所というものが4、5カ所あることを聞きながら歩きます。そこは橋があったところ。防衛上できるだけ川に橋はかけないものなのですが、生活のために簡単な橋はありました。歩きやすいのでそこが激しい戦地となったそうです。

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歩いてきたところも激戦地でした

山県三郎兵衛昌景の墓 

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武田二十四将の一人、山県昌景の最期の地では、クリス・グレンさんからエピソードが披露されました。勇猛果敢な「赤備え」の武将として知られる昌景ですが、クリスさんによると「実は身長130cmほどの小柄な人物だった」とのこと。「この墓石はちょうど彼と同じくらいの高さ」という説明に、今の基準でみれば小柄ながらすさまじい覇気をまとう猛将の姿が浮かび上がりました。

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銃弾に倒れたと言われる武田家の猛将、いかにか無念だったことでしょう……
 
敵に首を渡さないよう、家臣たちが昌景の亡骸をお堂の中に入れ、供養料として刀を村人に渡して退却したという伝承も小和田先生から紹介され、しばし家臣団の結束の強さに思いを馳せる時間となりました。

信玄塚は1万人超の魂を慰める場所

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大塚(左)、小塚(右)

ガイドツアー最後に、多くの戦死者が埋葬された「信玄塚」を訪れました。
大きい塚には武田軍、小さい塚には織田・徳川軍が埋葬されていると伝えられています。
「桶狭間の戦いでさえ戦死者は約2,200人だが、長篠・設楽原の戦いでは1万人以上が亡くなっている。一つの戦いでこれほどの死者が出るのは珍しい」との説明に、これまで歩いてきた地形や気象条件を思い浮かべて、さもありなん……と、改めてこの戦いの激しさが強調されました。

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この地で400年以上続く愛知県無形文化財「火おんどり」は、これら戦死者の霊を慰めるために始まったものであることが紹介され、歴史が今の文化に繋がっていることを実感しました。

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道中にあったいろはかるたの一覧もありました

まだまだ興味は尽きないですが、ガイドツアーはここで終了、歴史資料館に戻ります。

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歴史資料館は信玄塚から歩いてすぐ

サプライズのお土産も!

イベントの最後には、参加者に嬉しいお土産がありました。袋の中には、お城観光ガイドブック「百花城乱」ほか、歴史ガイドブックが入っているほか、義侠心を体現した足軽・鳥居強右衛門のクリアファイルや、あいち歴史観光キャラクター(のぶながくん、ひでよしくん、いえやすくん、ひでながくん)のグッズも配布されました。

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参加費無料なのにこんなにたくさんのお土産が!

参加者の感想

「実際にそれぞれの陣から敵方を見て、その距離の近さに驚きました。道中、敵味方を隔てる川や水田を眺め、ここが沼地となった際の攻めづらさや絶望感を肌で感じ取ることができました。」
「定員30名という規模がちょうどよかった。これ以上多いと集団がばらけて、解説が聞き取りづらかったと思います。」
「実際に歩いてみて、敵味方の距離が想像以上に近いことを実感できました。」
「ここが戦国史上でも特に多くの戦死者を出した場所であるという重みを、現場の空気から感じ取れました。」

総じて現場に立つことで得られる実感に驚きと満足を示す声ばかりでした。
皆さまのご感想通り、「現地を見て歩く重要性」を前回にも増して実感できました。歴史の教科書の行間を、目で、足で埋めていく感覚です。持っていた知識が物理的な納得感へと変わりました。

「愛知歴史体感塾」は、今後も愛知の歴史を深く味わうイベントを展開していく予定です。歴史の知識を体で理解し納得していく興奮を、ぜひ皆さんも現地で体感してみてください!

執筆:城びと編集部