2021/07/19
城と光秀|小和田哲男 第3回 斎藤道三の稲葉山城
本能寺の変で織田信長を討った武将として知られる明智光秀。2020年・2021年放送のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』では、主人公としてその人生が描かれました。『麒麟がくる』の時代考証を担当される小和田哲男先生による連載「城と光秀」の第3回目では、稲葉山城について。斎藤道三と帰蝶、そして光秀の関係とあわせて解説します。(※2019年4月3日初回公開)
織田信秀に攻められる稲葉山城
稲葉山城は、建仁元年(1201)、二階堂行政が最初に築いたものといわれているが、どのような城だったか全くわかっていない。はじめは稲葉山城という城名もなく、伊賀光宗の弟光資が稲葉と改姓し、そのため稲葉山城という名になったという。

稲葉山城全景
南に木曾川、北に長良川が流れ、それが天然の堀となり、三方を急峻な断崖に守られた要害の地ということで、美濃守護土岐氏の守護代斎藤利永が修築し、在城したといわれている。その守護代斎藤氏の名跡を継いだのが斎藤道三で、道三はこの稲葉山城に拠り、守護の土岐頼芸(ときよりのり)を逐い、美濃一国の戦国大名となった。
ただ、道三時代の稲葉山城がどの程度の城だったのか、曲輪配置などはわかっていない。<道三―義龍―龍興>の斎藤氏三代で修築がくりかえされたであろうことと、斎藤氏三代のあと、織田信長が入城し、大幅に手を加えたと考えられるからである。しかし、道三時代の稲葉山城も要害堅固な城だったことは、隣国尾張の織田信秀による二度の猛攻にも耐え、織田軍をはねかえしていることからも明らかである。

発掘調査で姿をあらわした山上部の石垣
一度目の戦いは天文13年(1544)9月23日のことだった。このとき信秀は越前の朝倉孝景と示しあわせ、越前に逃れていた土岐頼純(ときよりずみ)を美濃に復帰させるべく稲葉山城に攻めこんでいる。道三は巧みに稲葉山城下の井口(いのくち)に敵軍を誘いこみ、撃退に成功している。
二度目の戦いは、その3年後の天文16年(1547)9月22日である。このときも信秀は加納口まで攻めこみながら道三の軍勢に撃退され、織田与次郎・同因幡守といった一族のほか、青山与三右衛門ら重臣を含め、『信長公記』によると「歴々五千ばかり討死なり」とある。5000という数はオーバーとしても、信秀の大敗だったことはまちがいない。
そのころ、信秀は三河で、駿河・遠江の今川義元とも戦っており、両方に敵をもつことは得策でないと考えるようになり、道三と講和することになり、道三の娘が信秀の嫡男信長に嫁ぐことになった。これが濃姫で、『美濃国諸旧記』では帰蝶としている女性である。実は、この帰蝶が明智光秀のいとこだったといわれている。
道三・帰蝶と光秀
本連載の第1回「謎の前半生と明智城」でも記したように、光秀の前半生は謎につつまれており、光秀が道三の居城である稲葉山城に出仕していたとする確かな史料は一つもない。しかし、光秀の生年を通説通り享禄元年(1528)とすれば、天文13年には17歳、同16年には20歳で、年齢的に稲葉山城に出仕していた可能性は高い。しかも、道三の娘の帰蝶といとこの関係だったとすれば、道三の近習のような立場だったことは十分考えられる。
「明智氏一族宮城家相伝系図書」などの系図によると、

となり、光秀と帰蝶はいとこの関係となる。つまり、光秀としては、叔母が道三に嫁いでいたということになり、かなり早い段階から稲葉山城の道三のもとに出仕し、道三の薫陶を受けたと考えられるのである。光秀は、天文13年、同16年の、道三が信秀を撃退した戦いを目の当りにした可能性があるし、もしかしたら、その戦いに加わっていたかもしれない。
そのまま推移していれば、光秀は道三の重臣の列に加えられたと思われる。ところが、そのあと、道三と嫡男義龍が対立し、両者が戦い、弘治2年(1556)の長良川の戦いで道三が敗死し、光秀は美濃を逐われることになる。
『信長公記』は、道三が義龍より弟の孫四郎と喜平次をかわいがっており、廃嫡の危険を感じた義龍が弟たちを殺害したことが戦いの原因としている。

岐阜城復元天守と山上部の石垣
しかし、『岐阜市史』通史編は、道三支配のもとで美濃国内が混乱状態となったため、道三の引退、義龍の嗣立が、義龍寄りの家臣たちの手で強制的に行われたのではないかとしている。一種のクーデターというわけで、その可能性もありそうである。

執筆/小和田哲男(おわだてつお)
公益財団法人日本城郭協会 理事長
日本中世史、特に戦国時代史研究の第一人者として知られる。1944年生。静岡市出身。1972年、早稲田大学大学院文学研究科 博士課程修了。静岡大学教育学部専任講師、教授などを経て、同大学名誉教授。
著書 『戦国武将の手紙を読む 浮かびあがる人間模様』(中央公論新社、2010)
『井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史』(洋泉社、2016)ほか多数









