城びと登録未踏の城探訪は今村城に次いで那波城へ、今村城から南東に約5.5km程、名和幼稚園南端西の通り約25m程南のの路傍東方に那波城址本丸跡の石碑が立っている。
那波氏の居城で先に訪ねた今村城は支城に当たる、利根川の北東側に当たり今村城とは利根川支流韮川で結ばれている。
駐車場:無し、名和幼稚園の西通り東方に幅寄せ路駐。
参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。
路駐場所から石碑を確認見学、碑には「那波城址 本丸跡」と刻まれ、裏面に碑文?が刻まれてるが良く分からない「此処に城あ・・」とは読めるのですが擦れてか?判読不明。石碑の北に名和幼稚園、東に伊勢崎市第二中学校と周りは田圃。
余湖図コレクションさんの俯瞰縄張図によると、方形の本丸を三重の堀、水堀で方形に囲んだ輪郭式城郭だった様です。現在は田圃畑、住宅に囲まれています。
石碑から南東経路約550m程の所に昌雲寺が在り、那波城内に在ったと有り、余湖図コレクションさんの俯瞰縄張図には南東角の曲輪に堀に囲まれて昌雲寺が記述あり、城門と那波城の名が記述されてる説明板などが有るとの情報で参拝し見学する。
昌雲寺住所:群馬県伊勢崎市堀口町665、参拝者駐車場有り。
昌雲寺には昌雲寺の説明立札と、山門新築石盤落慶記念碑石盤が在り寺の来歴が記されて居り那波城、那波氏との関りが分かる。しかし山門は伊勢崎藩勝手門が明治初めに寄進移築された旨の記述、昭和の終り頃山門は老朽化し倒壊、平成25年に再建された薬医門との事。
昌雲寺から北西方向経路約730m程の名和小学校に石碑が在るとの事で訪ねる。
名和小学校住所:群馬県伊勢崎市堀口町502-1
名和小学校校門より入り、来客用駐車場に駐めて事務所を訪ね了解を得る、石碑の場所を尋ねて、石碑を校内側から名和小学校東の通りから眺めて見学。通路側からはネットが東面全体に貼られて石碑は見えずらい、校内側からは狭い隙間からギリギリ斜めで撮影、裏面の碑文は杉木立が迫り撮影出来ない。石碑隣に説明立看板で理解出来ました。
其れに依ると、那波城址碑は那波城址を永遠に記念するために建てられたと、昭和9年11月7日、当時の名和村長青木周次郎が中心に成って建立。碑文には大江姓那波氏が鎌倉時代から戦国時代まで活躍した歴史が刻まれている。との記述。
400年近い大江姓那波氏の領有してる那波城探訪でした。
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