おくだいらじょう

奥平城

群馬県高崎市


旧国名 : 上野

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城跡入口
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イタさん

意外とこぢんまりとした城跡 (2026/02/12 訪問)

 奥平氏の発祥の地とあり、奥平を名乗ってから三河国へ移るまで200年間ほど居たらしい。北500メートルに奥平家発祥之地の石碑が建っているが、訪問はしていない。。
 城跡入口には標柱・説明板が立っている。北斜面はコンクリートで補強された城塁、東は一面畑地になっている。入口を登れば、右手が主郭の城塁、先で土塁の切れ目を思わせる所に出る。上がれば右手が主郭と言われるが、土塁などは見受けられない。左手は西へ続く台地になるが竹藪で覆われている。主郭との境は幾分低く、堀でもあったのだろうか。北端と南端に奥へ行く踏み跡があり、どちらも行ける場所までいくが、先は竹藪で断念。台地続きなので堀切でもと期待したのだが、行けた場所までには見当たらなかった。南端の途中斜面下に腰郭に見えた地形があったが、そう思い込んで見ていたのかも知れない。

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todo94

1月2日の攻城 その1 (2025/01/02 訪問)

年末年始の帰省を終え、帰着するにあたり、少しだけ回り道をして立ち寄りました。現在は高崎市になっていますが、合併前は吉井町だった地に、あの奥平氏のルーツがあったとは、全く知りませんでした。城びと登録の城を巡っているとこういうことがたくさんあってとても勉強になります。

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チェブ

奥平 信昌さんのモミアゲ。 (2023/10/30 訪問)

奥平氏と言ったら「長篠城」を思い出し、鳥居 強右衛門さんの勇気ある行動や、長篠の戦いの鉄砲戦術、と言う具合に頭に浮かんできます。

「奥平城」は鎌倉時代頃に甘楽郡司になった赤松氏が奥平氏を名乗り築城されたようです。
8代目が、三河の作手に移り歴史を動かしました。
家康さんが関東に入ると、奥平氏も甘楽郡に戻りました。

「奥平城」は里山を想わせる畑の所にポツンと説明板がありました。
駐車場はありません。路駐して登城口へ行き、またもやパチリ。少し登ると畑があります。
路駐と私有地?との心配で退陣しました。
近くの『奥平氏発祥の地』を目指しました。
写真⑤、集落に入る道端に石碑があります。Googleで指した所は民家の奥でした。
奥平氏のルーツ探しにしては、諦めの早い退陣です。

2023年大河ドラマ『どうする家康』での奥平 信昌さん、格好良かったですね。
ドラマの本編とは別に、あの『モミアゲ』が肖像画と同じで、違う意味で感激しました。

里山風景の中に、あのモミアゲを思い出した「奥平城」攻めでした。

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小城小次郎

奥平氏の苗字の地なのだ (2021/10/16 訪問)

豊前中津10万石の奥平氏の苗字の地。同じ上州出身ということになっている徳川氏にとってはそういう意味でも家康の実娘を送り込むには相応しい家柄だったのかもとか余計なことを考えるが、城自体は拍子抜けするくらい遺構が薄い。

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城郭情報

分類・構造 丘城
築城主 奥平氏
築城年 応永年間(1394〜1428)
主な城主 奥平氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、屋敷跡
指定文化財 市史跡(奥平城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 群馬県高崎市吉井町下奥平
問い合わせ先 高崎市文化財保護課
問い合わせ先電話番号 027-321-1292