箕輪城の本丸西虎口門の復元工事現場を確認し城内主郭部を散策探訪後、箕輪城と伊勢崎陣屋間に城びと登録未踏の城が有り廻る事にしました。
先ず初めに箕輪城から南東に約14km程(直線)の阿内城(宿阿内城)を目指す。
駐車場:無し藤大明神社南約50m程の通り幅広道に幅寄せし南路駐(36°20'48"N 139°05'31"E h=80m)
参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。
阿内城(アウチジョウ)は宿阿内城(シュクコウチジョウ)とも呼ばれている、グーグルマップと余湖図コレクションさん、現地下川淵カルタの読み札でも宿阿内城と記されている。
藤大明神社に寄り、鳥居の額はよく読めないが、余湖図コレクションさんによると「女体大明神」とも崩し旧漢字ではそうかな?と見えたりはする。グーグルマップでは藤大明神と記されている。
藤大明神北裏畑地に下川淵カルタの読み札が立札として案内してる、その読み札には宿阿内城と記されていた、又縄張図も記載されて、東の利根川支流端気川西端段丘を利用した輪郭式の大城郭に成って居たようです。現在は畑として耕作されていました。
グーグルマップ史跡マーク「宿阿内城跡」辺りを訪ねるが畑に大石が一つ、土塁か?後の耕作地土盛りか?、更に北へ約140m程の所にグーグルマップ史跡マーク「西阿内城跡」が有りその辺りを訪ねるが良く分からない、用水路堀跡?微高地が曲輪跡か?段差下が堀跡か?などと見ながら畑耕作地を南北に歩いて藤大明神へ。藤大明神は微高地の上に鎮座してる、南が堀跡か?路駐した処に戻り、西50m程の所に阿内宿公民館が在る、敷地にはロープが張って有り駐車は出来ず。
阿内宿公民館の南前に、亀里町阿内宿の石幢が前橋市文化財として保存されている、石幢以外に道祖神、石仏、観音菩薩?石碑など仏教遺跡遺構が固まって鎮座してる。
歴史は、案内板説明板が無くよく分からない。
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