城址碑がありました。武田氏系のお城だったはず。
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2025/08/16 10:56
2025/06/10 16:57
2023/08/31 00:55
本丸は利根川の反乱で崩壊。 (2023/05/01 訪問)
石倉城は二の丸跡が公園になっているようで、城址碑があります。
城址碑の右の板が縄張り図のようです。裏側に回ると良いみたいですが確認し損ねました。
遺構はほぼ残っていないようで本丸部分は崩落しているようです。
河岸側へ降りて下から見上げてみると、切岸のようにも見えますが
昔とは形状が異なっているようですので、参考にはなりません。
城郭大系には武田信玄が築いたとされていますが、今の解釈では
信玄公が城を改築し、厩橋城を抑えて、永禄9年9月に箕輪城を攻略したと有ります。
厩橋城攻略のための重要な拠点で、かつては武田と上杉で争奪戦が行われ、
後に北条氏政(氏直)が厩橋城の北条高広に帰属を命じたが高広はこれに応じず、天正11年(1583)正月
氏政(氏直)は石倉城を対城として厩橋城を攻めたとあります。天正11年(1583)9月に
厩橋城は氏直の手に渡ったとあります。
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2022/07/17 21:53
二の丸が公園に (2022/06/26 訪問)
前橋城から利根川を挟んだ対岸に位置します。
駐車場はありません。
二の丸が公園になっていて石碑と説明板が立っています。
しかし説明板は色褪せていてほぼ読めません。
主郭部分は利根川の侵食により多くが崩落しています。
公園の東側の道路が堀の跡でしょうか。
周辺は宅地になっています。
長尾忠房によって築城され、戦国時代には武田氏、上杉氏による争奪戦があり、さらには北条氏が領有しました。
遺構も僅かに残っているようですが確認は出来ませんでした。
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分類・構造 | 平城 |
---|---|
築城主 | 長尾憲景 |
築城年 | 文明17年(1485) |
主な改修者 | 武田信玄 |
主な城主 | 長尾氏、曽根氏(武田氏家臣)、荒井甚六郎(上杉氏家臣)、寺尾氏(北条氏家臣) |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
再建造物 | 石碑、説明板 |
住所 | 群馬県前橋市石倉町4-19-5 |