せりざわじょう

芹沢城

茨城県行方市

別名 : 芹澤城
旧国名 : 常陸

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赤い城

玉造城 茨城県行方市 (2023/07/02 訪問)

玉造城の城主、玉造氏も大掾氏の一族で佐竹氏に太田城へ呼び出され殺され、滅亡しました。
南方三十三館と呼ばれる大掾氏一族の館の一つです。
大場家住宅の駐車場から坂道を登って行くと内宿集会所があり、その背後の高台が主郭です。
北側に説明板が立っています。
東側に回ると二郭との間の堀切があり、道路が続いています。
主郭に登る道がありますが郭内は藪。
薮の先には高い土塁がありましたがすぐに撤退しました。
二郭の南には神社があり、さらに進むと三郭との間にも堀切があります。
曲輪を三つ並べた造りになっています。
遺構の状況は今ひとつですが、このエリアの他の城から想像するとそれぞれの堀ももっと深かったのでは無いかと思います。
冬ならもう少し歩けるかな?

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赤い城

相賀城 茨城県行方市 (2023/07/02 訪問)

群書類従に出てくるアウカ殿、相賀氏の城です。
相賀氏も南方三十三館誅殺事件により滅亡しました。
龍翔寺の駐車場に車を置かせてもらい、隣接する八幡神社へ。
石段を登ると城域となり、竪堀や堀底道に出会えます。
八幡神社が主郭ですがまずは堀底道を歩いて行きます。
主郭周りをぐるりと歩き、北に伸びる曲輪を歩きます。
途中堀切や土橋もいい感じでした。
三郭には神社が建っています。
三郭の先にも堀切があり、さらに曲輪がありましたが、藪で断念。
この先に説明板があるようです。
遺構もよく残り、この時季でも比較的歩きやすい城でした。

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赤い城

南方山十三館の仕置を逃れた (2021/12/26 訪問)

大宮神社に車を駐めて神社経由で石碑の立つ所まで行けます。
周囲は畑で遺構らしきものは見当たりません。
石碑と神社の間の道路は堀の跡でしょうか。
この道路を少し下って見ると藪の中に入れそうなところが。
進むと竹藪の中に土塁と堀切の跡がありました。
整備されたらさらに遺構も見られそうなんですが。
芹沢氏は大掾氏一族なのですが佐竹氏による南方山十三館の仕置の難を逃れました。
ですが佐竹氏の秋田転封の際には秋田氏に従っています。
その子孫とされる芹沢鴨は新選組初代局長で近くに生家がありました。

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TMN97

芹沢城址 (2021/02/11 訪問)

芹沢城址

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 芹沢秀幹
築城年 天文年間(1532〜1555)
主な城主 芹沢氏
遺構 曲輪、土塁
再建造物 石碑、説明板
住所 茨城県行方市芹沢