宇都宮の孫の行事が終わった翌日に、昨年11月甲斐源氏発祥の地、武田館を訪ねた折りパンフレットに紹介されていた多良埼城を探訪したいと一日多良埼城から水戸北部の未踏の城探訪を企画し、高速道の都合上、北関東道茨城西町ICを降りて南に約3km程の飯沼城を初登城。
駐車場:福性寺南東裏の参拝者駐車場(36°17'20"N 140°22'59"E h=20m)、トイレ不明。
参考資料:城郭放浪記さん余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。
駐車場から堀跡道へ進み福性寺側にも土塁が残っており、東側に飯沼城主郭土塁、と東側の虎口、主郭は約50m四方で周囲に土塁が廻り堀で囲まれていた、南郭は現在墓場、北側は北東側に墓場、北側は北郭の跡形が判らないが北郭主郭南郭に堀が廻った連郭式城郭。
案内板によると
南北朝時代は南朝方に属し、戦国時代の城主として桜園氏の名が知られてる、文明年間(1500年)頃には江戸氏の影響下に入り、天正18年(1590年)佐竹氏に滅ぼされた。
主郭の土塁、切岸土塁、堀跡も残り駐車場も有り大変探訪しやすい、春の桜、秋の紅葉と季節ごとに美しい景観に染まる事でしょう、季節外れでも十分楽しませてくれます。
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