あかみじょう

赤見城

栃木県佐野市


旧国名 : 下野

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二重土塁
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todo94

初城詣で (2026/01/01 訪問)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
高崎の実家に帰省して元日に近隣の城めぐりをするのがここ数年の定番になっています。元日の群馬県ではニューイヤー駅伝が開催されていて交通規制が多々行われているので、それを考慮して城めぐりをしなくてはなりません。今年の初城詣では昨年のお盆帰省の際、濡れた草の繁茂の前に撤退していた赤見城にしてみました。標柱の脇の階段を上って土塁の上を散策できます。保育園を土塁が取り囲んでいて奥は二重の土塁になっていて圧巻でした。水をたたえた濠には薄氷が張っていました。冬枯れの季節の攻城は大正解でしたが、予想をはるかに上回る素晴らしい遺構に触れることができてよい新年のスタートを切ることができました。

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たんころもち

堀が立派 (2025/12/29 訪問)

ですが、私有地には入らないようご注意ください!

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todo94

お盆帰省の城めぐり① (2025/08/14 訪問)

朝、墓参りの後に城めぐりへと出かけました。今年は栃木県がターゲットです。山城を避ければOKかなと思っていましたが、夏草が繁茂していて郭内に足を踏み込むことは勿論、濠周り、土塁周りの散策すらできませんでした。水濠、土塁がなかなか良い感じでしたので、冬枯れの時期に再訪を期したいと思います。

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しんちゃん

土塁が見事。さらに周囲を堀が囲んでいる。 (2023/05/03 訪問)

赤見城は現在、赤見城保育園になっていて、東西北の三方にかなり
高い土塁が残っており、東側を除く三方を水堀で囲ってあり
堀の内側、本丸の北側と南側にも郭があった様子。
西側は土塁が二重になっていて、なかなか見ごたえがあります。
安元元年、藤姓足利氏の足利俊綱によって築城が開始され
治承2年(1178)俊綱の居城になったとされています。
俊綱は治承5年、志田先生義広が源頼朝に背いて挙兵した際
義広に同調して戦い敗れ、逃亡の途中、家臣の桐生六郎に殺された
とあります。赤見城は戦国期は佐野氏の支城として足利方面の押えとして
機能したとされています。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 足利俊綱
築城年 治承2年(1178)
主な城主 足利俊綱、戸賀崎義宗、赤見氏
廃城年 慶長6年(1601)
遺構 曲輪、土塁、横堀(水堀)
指定文化財 市史跡(赤見城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 栃木県佐野市赤見町(赤見城保育園)
問い合わせ先 佐野市文化財課
問い合わせ先電話番号 0283-61-1177