あかみじょう

赤見城

栃木県佐野市


旧国名 : 下野

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逆光です、標柱と石に彫った縄張図、左は幼稚園
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イタさん

土塁の規模が大きい (2026/04/08 訪問)

佐野市のホームページの概略に、築城は平安時代末の治承2年(1178)足利俊綱とされ、源頼朝と志田義広が戦った志田義広の乱では志田方として、室町時代の古河公方と関東管領上杉氏が対立した享徳の乱では古河公方方として戦っている。
戦国時代の永禄2年(1559)に佐野氏の支配下になり、唐沢山城の支城として、足利長尾氏の備えを担うことになる。天正18年(1590)秀吉の北条氏攻めで、佐野天徳寺宝衍が、北条方から唐沢山城を奪還し、天正20年(1592)に隠居時に赤見城を隠居所している。慶長19年(1614)の佐野家改易とともに廃城となる。

主郭の南東隅に欠けた土塁を補うように保育園が建っている。当然園内は入れないが、東の標柱部から土塁に階段が設けられている。上がって端まで行けるが、下の主郭は一周フェンスが囲っているので当然入れない。北東の民家フェンス手前から西へ入れる。先に水堀が見え、二重(あるいは三重)の土塁の一部が残っている。二重目の外から土塁に上がれば、下で見えた堀が折れて南に延びている。土塁の西は堀跡の名残で水路が通っている。土塁から園の屋根がわずかに見え、内側土塁の高さが確認出来る。

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todo94

初城詣で (2026/01/01 訪問)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
高崎の実家に帰省して元日に近隣の城めぐりをするのがここ数年の定番になっています。元日の群馬県ではニューイヤー駅伝が開催されていて交通規制が多々行われているので、それを考慮して城めぐりをしなくてはなりません。今年の初城詣では昨年のお盆帰省の際、濡れた草の繁茂の前に撤退していた赤見城にしてみました。標柱の脇の階段を上って土塁の上を散策できます。保育園を土塁が取り囲んでいて奥は二重の土塁になっていて圧巻でした。水をたたえた濠には薄氷が張っていました。冬枯れの季節の攻城は大正解でしたが、予想をはるかに上回る素晴らしい遺構に触れることができてよい新年のスタートを切ることができました。

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たんころもち

堀が立派 (2025/12/29 訪問)

ですが、私有地には入らないようご注意ください!

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todo94

お盆帰省の城めぐり① (2025/08/14 訪問)

朝、墓参りの後に城めぐりへと出かけました。今年は栃木県がターゲットです。山城を避ければOKかなと思っていましたが、夏草が繁茂していて郭内に足を踏み込むことは勿論、濠周り、土塁周りの散策すらできませんでした。水濠、土塁がなかなか良い感じでしたので、冬枯れの時期に再訪を期したいと思います。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 足利俊綱
築城年 治承2年(1178)
主な城主 足利俊綱、戸賀崎義宗、赤見氏
廃城年 慶長6年(1601)
遺構 曲輪、土塁、横堀(水堀)
指定文化財 市史跡(赤見城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 栃木県佐野市赤見町(赤見城保育園)
問い合わせ先 佐野市文化財課
問い合わせ先電話番号 0283-61-1177