かみたてじょう

上楯城

宮城県柴田郡

別名 : 支倉館
旧国名 : 陸奥

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チェブ

メキシコのアカプルコ市は国際姉妹都市。 (2024/05/04 訪問)

慶長遣欧使節でエスパーニャを目指した伊達家家臣 支倉 常長さん。常長さんの、お祖父様が1545年に築いた「上楯城」。
常長さんも青年期は「上楯城」で過ごしたようです。

大きな説明板の前に、 広い駐車場がありました。GWでしたが、貸し切り状態です。
説明板にはポストがあり、中には案内図が入っていました。
登城口から入ると真っ直ぐの道がありました。横は堀になっているのか長く1段低くなっています。土塁の上を歩いているのかも分かりません。
カーブすると本丸・二の丸への道標がありました。
が、木が道をふさいでました。折れているのではなく、しなっていて通れません。
入口から大した距離でもないのですが、野生の動物達の領域にお邪魔しているようなので、退陣しました。
駐車場で誰もいないところから、へっぴり腰で進軍していましたので、逃げ足です。

慶長遣欧使節は、メキシコとの直接貿易を求め、スペイン国王とローマ教皇のもとに派遣した外交使節です。
仙台市は現在、この事がきっかけでメキシコのアカプルコ市と国際姉妹都市なんだそうです。
『アディオース!』と叫んで後にした「上楯城」攻めでした。

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刑部

予想超えた城址 (2023/01/03 訪問)

支倉常長の居城なので行ってみました。
なんと予想超えた遺構がありました、余り大きい城ではなさそうですが曲輪や虎口、空堀、土塁、切岸等見応え充分でした。専用の駐車場・トイレもあり安心して探索できます!

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小城小次郎

上楯城

かの支倉常長を輩出した支倉家の城なのだが、主郭を囲む、高低差のある大型二重横堀は圧巻の一言。しかしいったい支倉家に何があったらこんなにがっつりしたお城が必要になるのだろう。

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山口駿河守幻夢斎

欧州へ渡るも、時代の歪みに巻き込まれた悲劇の人 支倉常長の城 上楯城跡 (2018/05/15 訪問)



上楯城は、支倉氏の居城。常長は養子として家督を継いだとされています。伊達政宗の家臣として、活躍しましたが、欧州派遣使節として、派遣されましたが、帰国した時には、江戸幕府の時代が成立しつつあり、常長の居場所はなく、不遇の最期を遂げたといわれています。
城跡へは、車でのアクセスしかないと思われます。川崎町のコミュニティバスがあるようですが、その場合、同じ川崎町にある前川本城跡に同日中に行くことが難しくなってしまいます。
整備されつつあり、駐車場もありますので、車での訪問をお勧めします。仙台から車で約一時間ほどで、行くことができます。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
築城主 支倉紀伊常正
築城年 天文14年(1545)
主な城主 支倉氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
住所 宮城県柴田郡川崎町支倉字宿