ゆはらだて

湯原館

宮城県刈田郡

別名 : 湯原城、湯ノ原館
旧国名 : 陸奥

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本丸全景
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朝田 辰兵衛

クマの出没エリアを回避して…🐻 (2026/06/13 訪問)

ここ最近のクマの出没エリアを回避して,比較的安全な場所をチョイスしました。ホントは効率的に2~3城廻れればな…と思っていましたが,なかなかイイ場所が見当たりません…。

湯原館ですが,国道113号線からのアクセスが良いです。昨年,上山城とセットを考えていましたが,今日になってしまいました…。
二の丸は「街道ホステルおたて」で,旧湯原小学校。パネルがあります。ここから「街道ホステルおたて」の建物ウラへ回り込むと登城口があります。井川城を思い出させる木橋を渡ります。すると,どうやら竪堀の中を歩いて本丸へと向かって行ってるようです。この入口は本丸西側になりますが,散策したら虎口は東側にありました。たぶん,小学校建設時に改変されたものと思います。
なお,パネルに移築門は,山形県赤湯の「ホテル瀧波」に現存とのこと。今回は時間の関係で行けませんでした…<泣>。

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くうくう

湯原城、または勝乗館(政宗が名付けた)、御館ともいう

上杉氏との勢力争いの地で伊達政宗が攻略、戦国期は伊達家臣の横尾氏、その後は一門の石川氏が詰めた。江戸期は石川氏重臣が藩境警備や街道警護に当たったという。
七ヶ宿街道、上山や米沢への分岐点近く、湯原集落北側、標高520mの高台に連郭式の中世山城遺構がよく残っている。西側の広い区画が主郭の上館で北側の土塁は高く背後の堀は深い。副郭というべく東郭の間には堀、土塁、虎口があり、絵図によると廊下橋があった。絵図通りの上館東郭の遺構がよくわかる。居館や表門を構えた二の丸は、今は街道Hostelおたてになっている。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
築城主 不明
築城年 戦国時代
主な城主 横尾氏、石川氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、移築門
再建造物 説明板
住所 宮城県刈田郡七ヶ宿町字町裏