建昌城は標高100m比高90mの広い扁平地にまるで平城のような縄張りで
築かれています。車で簡単に行くことが出来、山城と平山城と平城のすべての
特徴を備えています。東西は300m以上あり(周囲2km以上)本丸の左に二の丸、前の丸、
胡麻ケ城と続きます。本丸の西には櫓の丸、西の丸と続き、南には南の丸、常見の丸、
東の丸が存在します。非常にたくさんの郭があって、それぞれが十分に広いのですが
その間を堀切が仕切っていて本丸、二の丸の周辺には土塁が残っています。
南北を仕切る堀切は非常に大きく、まるでトラクターの通路かと錯覚してしまうほどです。
関ヶ原の合戦後、空き城だった建昌城を徳川軍の襲来に備えて島津氏が防備を強化したらしいですが
この巨城に無敵の島津軍が籠って戦ったら、さすがの幕府軍もさぞかし手を焼いたことでしょう。
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