平佐城は応永14年(1407)ころから記録が残る、島津氏の城です。
豊臣秀吉の九州征伐の際、島津氏の地頭桂忠昉が300の兵をもって籠城し
8500の豊臣勢を相手に戦いました。
江戸時代は島津系列の平佐北郷家の私領となり、かつての二の丸跡に領主(地頭)
の仮屋が置かれました。
現在の平佐西小学校がそこに当たり石碑が立っています。
訪問した際には、正月でもグラウンドで子供たちが遊んでいましたが、
同伴の保護者の方にお願いして石碑を確認させていただきました。
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