やまがじょう

山鹿城

熊本県山鹿市

別名 : 山鹿古城、湯町城、湯浦古城、上市城、清滝城
旧国名 : 肥後

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山鹿城趾碑
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昌官忠

202206遠征(対馬&五島&北部九州)6日目:山鹿城 (2022/06/10 訪問)

正光寺からの転戦です。円頓寺参拝駐車場(33.012632、130.689979)に駐車し、清滝神社入口(33.012692、130.689611)に向かいました。

菊地家の祖・菊地則隆の次男西郷太郎政隆より出た山鹿氏代々の居城でした。
築城時期は不明ですが、1351年(正平6年)に懐良(かねなが)親王と敵対していた記録があり、南北朝時代には北朝に属していたようです。
1584年(天正12年)に島津氏に降伏したが、進駐の際に小ぜり合いが生じているようです。
1587年(天正15年)城主・山鹿彦次郎重安の時、伯父の菊池城主・隈部親永が所領検地のことで国主・佐々成政に一揆を起し、肥後国人(国衆)一揆に発展しました。
山鹿重安は息子の隈部親安と城村城に篭城し、成政の軍とは互角に戦ったが、その後豊臣秀吉の大軍に敗れ、1588年(天正16年)秀吉の命により小倉に於いて切腹させられ、廃城となりました。

城跡は上市の高台一帯を占め、南は清滝口、西は像成寺口、東は菊池口と三カ所の口があり清滝神社の辺りが本丸と云われています。
城跡には円頓寺、清滝神社、光専寺があり、民家が建ち、一部飲食街となっています。
円頓寺南の飲食街の路地を入った清滝神社境内に「山鹿城趾」碑と由来説明看板が建てられています。
南の急崖の下に大きな空堀・土塁があります。
攻城時間は15分くらいでした。次の攻城先=城村城に向かいます。

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todo94

清滝神社 (2021/03/13 訪問)

本丸に当たる場所には清滝神社が建っており、城址碑と説明板がありました。佐々成政に反抗した肥後国衆一揆ゆかりの地とのことです。周辺には大逆事件犠牲者顕彰碑や山鹿口の戦・薩軍野戦病院跡の説明板(光専寺)などがありました。

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takumupapa

看板

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 山鹿氏(菊池氏)
築城年 不明
主な城主 山鹿氏(菊池氏)
廃城年 天正15年(1587)
遺構 曲輪、土塁
再建造物 石碑、説明板
住所 熊本県山鹿市山鹿字温泉(清滝神社)