紫波洲崎城は、宮崎の景勝地、日南海岸の青島と鬼の洗濯岩とのちょうど中間地点の標高40m程の丘陵に築かれています。本丸の左右に曲輪を配し、空堀で区切った縄張りの城です。
伊東氏・島津氏攻防の城で、争奪戦が繰り広げられましたが、豊臣秀吉公の九州平定後は、伊東氏の持ち城となりましたが、その後、一国一城令により廃城となったとのことです。
8月14日早朝5時前に紫波洲崎城を朝駆けしようと、ホテルの部屋を出てロビーに向かったところ、フロントの係の方が準備をされていたので、「おはようございます」窓から見える「あの城山に行きたのですが、登り口を教えてもらえませんか」と尋ねたところ、怪訝そうな顔をされ、「この先を道なりに真っすぐ行って、キャンプ場を左に曲がると登り口がありますよ」と…「ありがとうございます」と返事をし、出かけようと振り返ったときに「あまりいい噂を聞きませんよ」と「なんでも、あそこに行って除霊を受けた方がいるとか」「景色は良いみたいですが、お勧めはできません」「この辺りでは有名な心霊スポットです」とキッパリ。
正直、城巡りをやっていると、いわく付のお城は幾つもあり、いちいちビビっていては城巡りはできないとの思いがあり、ホテルを出ましたが、そういえば城びとのマップを紫波洲崎城に合わせアップしていき、人型を展望台に合わせると左足だけにょきって写っている。
結局、登リ口付近をうろうろしましたが胸騒ぎがして結局、ホテルに帰ってきてしまいました。全然平気だよって方は、行かれてみては如何でしょうか。勿論、城びとの「行った」には「ぽちっ」としていません。
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