神代氏芦刈館からの転戦です。西渓公園の駐車場にレンタカーをとめ、多久市郷土資料館のジオラマを見てから、多久神社より登城しました。説明板あたりまでは整備された登城路ですが、その先の登城路はなかなか判然としていません。最後の方はかなり急峻でそれなりにきつい攻城でした。足を滑らせてしがみついた木の表面で両腕をすりむいてしまいましたが、献血予定日の6日前で助かりました。山頂部には、控えめながら城名を記した幟が立っていました。その奥は茨が繁茂していましたが、注意深く進んでみると結構広い郭が潜んでいました。こちらの方が山城としての雰囲気は良いように感じました。全体を通してみて説明板の少し先にある麓の堀切が深くくっきりとしていて一番見ごたえのある遺構だと感じました。吉川弘文館の「九州の名城を歩く」によると説明板の立つ辺りは、前多久氏段階の城館跡と推定されるとありました。見ごたえのある堀切はこの城館の後背を守っているという訳ですね。
+ 続きを読む









