秀吉の御座所として半島側を睨む勝本に築かれたが終戦の折には終戦の象徴として破城され二度と使われることがなかったという点で倭城と似通った運命とも言えようか。主郭はもちろんだが周辺にも石垣の残欠が点在する。
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2026/03/22 10:44
2025/03/10 07:08
秀吉の命で築かれた朝鮮出兵の兵站基地 (2025/03/09 訪問)
勝本城は、壱岐島の北部の勝本町の高台に位置し、180°海が見渡せる大変眺めのいい城です。
博多埠頭からジェットフォイル(写真⑦)に乗り70分、壱岐島南部の郷ノ浦港に到着。そこから10分程歩き、バスが出ている本町から勝本行バスに乗り30分、城山で下車するとそこが勝本城です(写真①)。本町のバス待合所では島内1日フリー乗車券(1000円)を売っているので利用するととても便利でした(写真⑧⑨)。
豊臣秀吉は、朝鮮出兵のための兵站基地(食料備蓄と渡海する兵の休息場所)として、平戸城主の松浦鎮信に4ヵ月で築城せよと命じます。鎮信は、五島純玄・大村喜前・有馬晴信などのオール長崎衆の助けを借りて、短い期間でしたがそれを成し遂げました。城の北側の大手門周辺は、見事な穴太衆が築いた石垣で積み上げられています(写真②③)。とても4カ月で築城したとは思えない規模です。また本丸は東西40m南北80mあり、ここに館が三つほど建っていたようで(写真④)、兵站基地にしては、かなり本格的な城だったようです。
その本丸に立ち、海を眺めてみました。眼下には勝本港が見えました(写真⑤)。北西(写真⑥)の水平線上には対馬が見えるはずですが、天気がいいのになぜか見えなかったのがちょっと残念でした。
【余談】壱岐高校
島のいたる所にはこんな垂れ幕やポスターで、もう大盛り上りです(写真⑨⑩)。来週18日から始まる春の選抜高校野球大会に、ここ壱岐島から「壱岐高校」が出場します。郷ノ浦港では私と入れ替わりで、ちょうど出発の激励会が行われていました。離島からの甲子園出場は、春夏を通じて初めてだそうです。秋の長崎県大会に優勝しているので、21世紀枠ですが実力はそこそこありそうです。また野球部員21人全員が壱岐生まれの壱岐育ち、この「壱岐っ子」たちがどんな野球を見せてくれるのか、私は楽しみです。
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2018/05/30 20:22
| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 松浦鎮信 |
| 築城年 | 天正19年(1591) |
| 主な城主 | 本多正武 |
| 遺構 | 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀) |
| 指定文化財 | 国史跡(勝本城跡) |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 長崎県壱岐市勝本町坂本触750(城山公園) |
| 問い合わせ先 | 壱岐ブランド確立協議会 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0920-47-5355 |