くすじょう

玖珠城

大分県玖珠郡

別名 : 高勝寺城、伐株山城、切株山城、切株城
旧国名 : 豊後

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20190413玖珠城(大分県玖珠郡玖珠町) (2019/04/13 訪問)

城址の伐株山頂までは車で行くことができる。整備された広い公園といった体裁だが、あちこちに残る土塁や、パラグライダーの方々が準備されている付近に残る畝状竪堀を確認。遮るものがない見事な眺望も満喫

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トク

玖珠城(2/2):麓の豊後森機関庫 (2024/11/25 訪問)

玖珠城の続きです。麓の豊後森駅には、旧豊後森機関庫があり、SLとその機関庫が保存展示されていました。転車台などは今ではあまり残っていない、貴重な遺産なのではないかと思います。機関庫には割れた窓ガラスと弾痕跡がありました。これは太平洋戦争中に、米軍機の機銃掃射によってできたものらしく、その時3名の職員が亡くなったそうです。当時の記憶を風化させないためにも、そのままの状態で保存されているとの事です。

はずかしい話ですが、私が大分市に住んでいた小学生の頃(昭和40年代)、日豊本線は電化され電車が走っていましたが、久大本線はまだ蒸気機関車が走っていました。父に連れられて何度か乗った記憶があります。特に湯布院から豊後森まではトンネルが多く、当時の列車には冷房なんて無いので窓を開けて走るのですが、トンネルを抜けると顔が黒くススだらけになっていたのを憶えています(笑)。ここに立っていると、とても懐かしく感じました(古い話ですいません)。
 

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トク

玖珠城(1/2):絶景!伐株山に築かれた山城 (2024/11/25 訪問)

角牟礼城から見えた玖珠盆地の反対側にある玖珠城を訪れました。いや~すばらしい絶景です!(写真①③)。 山頂では、なだらかな地形と270°広がる大パノラマの景色が広がっていました。ピクニックにもよさそうで、一番下にはブランコもありました。またここはパラグライダーの聖地としても有名です。草もきれいに刈られていました(写真④⑤)。でもこの日は平日で風も強かったせいか、飛んでいる人はいませんでした。雄大な玖珠盆地を飛ぶのはさぞかし気持ちがいいだろうな~とは思いますが、私には絶対無理だなとも思いました(笑)。先ほど登った角牟礼城も、第1土塁の所から見えました(写真②)。

玖珠城は685mの伐株山の頂上にあり、室町時代より城というより高勝寺という山岳寺院が築かれていたようです(写真⑧⑨)。1586年島津軍の北上にともない、角牟礼城の戦いの前哨戦となった場所です。大友方で玖珠郡衆の中島氏・魚返氏などが立て籠もったようですが、山田氏の裏切りに会い落城したようです。

第1から第7までの7つの土塁があり、特に第1土塁(写真②)の西側斜面には畝状竪堀群も見られました(写真⑥⑦)。これはすごい角度です! 落ちないよう足が震えながら覗き込んで写真を撮りました。 ここで矢や鉄砲を撃ちかけられたら、真っ逆さま! 数十メートルいや数百メートル落ちてしまいそうです(😱~)。横堀や堀切もあったようですが、その付近は草が生い茂っていて確認できませんでした(写真⑩:縄張図)。

次は、山に登る途中におもしろい場所を見つけたので、そこへ行ってみたいと思います。
 

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モト

またの名を伐株山城 (2024/06/21 訪問)

外から山を眺めると切り株のような形をしています。
大きなクスノキをが倒れてその切り株の跡だという伝説があるそうです。
城としてはほぼ向かいにある角牟礼城が出来るまで活躍した城です。

山頂までは車で行く事ができます。
駐車場からは整備された公園に合計7つの土塁が残ってます。
眺望やきれいに刈られた芝などきれいな公園に癒されてしまうのですが、土塁で城跡の雰囲気に戻ります。
堀切をあるのですが、夏の時期は草で見ずらいです。

癒しの公園という側面も味わいつつ城跡の楽しみを感じる事ができる場所だと思います。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 南北朝時代
主な城主 小田氏、魚返氏、中嶋氏
遺構 曲輪、土塁、畝状竪堀群、堀切
再建造物 石碑、説明板
住所 大分県玖珠郡玖珠町大字山田字万年山