玖珠城の続きです。麓の豊後森駅には、旧豊後森機関庫があり、SLとその機関庫が保存展示されていました。転車台などは今ではあまり残っていない、貴重な遺産なのではないかと思います。機関庫には割れた窓ガラスと弾痕跡がありました。これは太平洋戦争中に、米軍機の機銃掃射によってできたものらしく、その時3名の職員が亡くなったそうです。当時の記憶を風化させないためにも、そのままの状態で保存されているとの事です。
はずかしい話ですが、私が大分市に住んでいた小学生の頃(昭和40年代)、日豊本線は電化され電車が走っていましたが、久大本線はまだ蒸気機関車が走っていました。父に連れられて何度か乗った記憶があります。特に湯布院から豊後森まではトンネルが多く、当時の列車には冷房なんて無いので窓を開けて走るのですが、トンネルを抜けると顔が黒くススだらけになっていたのを憶えています(笑)。ここに立っていると、とても懐かしく感じました(古い話ですいません)。
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