駐車場がなく路駐しましたが大通りから看板が出ており分かりやすかったです。
少しの石垣がありました。
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2026/01/11 21:16
2025/12/26 11:03
雨の安岐城初登城 (2025/10/31 訪問)
国東半島南の付根、雨の日出城、杵築城を終えて、国道213号線を北東へ直線11km程、経路14km程、大分空港方向を目指して進行、安岐漁港に架かる鉄橋安岐大橋を過ぎて直ぐに左手を逆バックする地点に安岐城跡の看板、ここの地道に入り70~80m程の所に、丸石石垣の入口、安岐城跡が在る、入り口に安岐城跡説明板有り。
車は駐車場が無いので、安岐城跡入口辺りがやや幅広なのと車の往来が少なく、入口反対側に幅寄せ路駐(33°27'59"N 131°43'37"E h=10m)、雨はしとしと降っている。
参考資料:余湖図コレクションさんグーグルマップに依る。
丸石石垣を入口を登って土塁上に道が参道、奥の小高い辺りに神社が鎮座、余湖図コレクションさんの説明では天守台跡との事、雨も降って居り神社と参道を行き来して終了。
説明板の縄張説明図、余湖図コレクションさんの俯瞰図を見ると規模の大きい立派な城跡だった様です。
雨粒が写真に写ってしまいました。
7年前に豊後、豊前の城探訪で国東半島の城跡廻りを企画して日出城近くのホテルに宿泊し明日はと思って居ましたら急遽台風の接近が報じられて断念してやっと願いが叶いました。
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2023/11/07 21:52
安岐城 (2023/09/10 訪問)
【安岐城】
<駐車場他>駐車場はなし。
<交通手段>車
<感想>1泊2日北九州・豊前中津の旅2日目12城目。国東半島までやって来ました。現地説明板によると安岐城は南北朝時代に田原氏が安岐郷に入り居館または城郭を構えたのが始まりとされます。戦国時代には田原氏は大友宗麟に攻められ落城し大友氏の城となります。秀吉の九州征伐後は熊谷直盛が15000石で入封します。熊谷直盛は城を大改修して現在想像される縄張りはこの時のものと考えられているようです。熊谷直盛は石田三成の妹婿で関ヶ原合戦に西軍として出陣中に黒田官兵衛に攻められて城は落城します。
城跡入口から古城天満社までは主郭を囲む土塁遺構です。土塁東側の民家が主郭跡で土塁西側に深い堀跡がありますがかなり鬱蒼としています。現地説明板想像縄張り図に天満社の場所が天守となっています。主郭北側にも土塁遺構があるようですが民家の敷地になっており見ることはできませんでした。現在は城跡と海の間に国道が走っていますが当時は城の東側は海に面してしたようです。
<満足度>◆◇◇
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| 分類・構造 | 平城 |
|---|---|
| 築城主 | 田原親幸 |
| 築城年 | 応永年間(1394〜1428) |
| 主な改修者 | 熊谷直盛 |
| 主な城主 | 田原氏、熊谷直盛 |
| 遺構 | 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀) |
| 指定文化財 | 市史跡(安岐城跡) |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 大分県国東市安岐町下原字古城 |
| 問い合わせ先 | 国東市教育委員会文化財課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0978-72-2677 |