ひきちやまじょう

引地山城

福岡県北九州市

別名 : 到津城
旧国名 : 豊前

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いきなり不発弾
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しんちゃん

宇佐神宮とゆかりの深い城址だが (2025/05/04 訪問)

引地山城は宇佐神宮とゆかりの深い城とされています。古くから宇佐神宮の神領であり、平安時代に宇佐大宮司到津中務がここに城を築いたとされています。鎌倉時代に宇佐神宮の代官として清末氏が派遣され城主を務めました。永禄4年(1561)大友宗麟との合戦で宇佐神宮が戦火に焼かれると宇佐大宮司らは引地山城に籠ったとされています。
九州上陸後、最初に訪れたのですが、いきなり「私有地につき立入禁止」の看板が立っています。仕方がないので列津八幡神社に詣で、チャリティーを募集していたので、少し奮発して寄付をしました。
城址は丘陵部の鼻先に築かれ、二段の郭の背後に堀切を切ったシンプルなものだそうです。チェブさんの投稿にもありましたが、ここにゴミなどを捨てていく不埒者もいるようですね。こうやって、はっきり意志表示してもらえるとこちらも解りやすくて助かります。
昔は土地所有者さんの厚意で城址を開放してくれている所が多く、城址訪問者との間にも信頼関係があったと思うのですが、最近はインターネットの普及で情報が拡散しやすいのもあって神経を尖らせている方もいるようです。

朝田さん、太平城の不発弾改修、お疲れさまでした。よく見つけましたね、あの文章から。
私個人も双六館に興味が湧いてきました。「御前おとし」の崖も見てみたいですね。城主の奥方と敵将の奥方の二人が異なる時期に身を投げた数奇な場所とされています。いずれゆっくり訪問したいですね。

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トク

引地山城と到津八幡神社 (2025/01/19 訪問)

到津の森公園から北東へ歩いて10分、地図で推測しながら国道3号線から少し坂を登り路地へ入った、このあたりの小山に本曲輪があったのではないかと思われます。今では座禅道場が建っていました(写真①②)。土塁や他の曲輪などもあるはずなので、少しでも見る事がでる場所がないか小山をぐるりと一周してみましたが、裏手からは土塁らしきものが少し見えるのですが、「私有地につき立入禁止」の札や柵があり結局は中に入れませんでした(写真③)。

ならば次は、ここからさらに東へ5分程歩いた所にある「到津八幡神社」へ行ってきました(写真④⑤⑥)。到津(いとうず)という地名の由来は、神功皇后が三韓征伐の折に宇美の里で応神天皇をお産みになり、豊浦宮へお帰りの際に御座船を当地に着けられたそうで「到津=着いた港」という意味のようです。そしてその皇后をここにお祀りしたのが起源だそうで、安産などの守り神となっているようです。

その後平安時代に入ると、神社は宇佐神宮の神領となり、宇佐大宮司の支族が到津氏を名乗ってこの地を守りました。鎌倉時代には宇佐宮司の清水氏が代官として派遣され、引地山城を築城します。戦国時代には大友宗麟との戦いで宇佐神宮が焼け落ちたため、宇佐の宮司たちは戦火を逃れて、しばらくこの地に滞在したようです。今では二つの山は別々になっていますが、これは住宅開発によるもので、かつての到津八幡神社と引地山城は、一つの尾根でつながった一つの山であったと思われます。

江戸時代には、神社は小笠原家から庇護を受けていたようです。小倉藩小笠原家と水戸徳川家は輿入れなどで縁があり、江戸の小石川後楽園から譲り受けたという石橋がここにありました(写真⑦)。水戸黄門様も渡ったことがある橋ではないかと言われているそうで、小笠原家と水戸徳川家との間には良縁があった事が想像できました。

次は、ここから西に見える花尾山(花尾城)に登ってみようと思います。

P.S チェブさんへ
ライオンまんじゅうのルーツは今川焼か🤔? 私もそこまではよくわからないので、ここは地元北九州出身の「にのまる」さんなら御存知かと(城野も北九州)。ちなみに左があんこ、右がカスタードでした。本物のライオンもいましたよ!
 

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トク

到津の森公園(ちょっと寄り道) (2025/01/19 訪問)

西小倉駅前から黒崎行のバスに乗り15分「到津の森公園前」で下車しました。さあここから「引地山城」を目指そうと思いましたが・・・

バスを降りると観覧車などの遊園地がすぐ目の前に見えて、案内図もありました。よく見ると、何やら珍しい動物たちがたくさんいそうな動物園もあります。しかも市営のためか料金も安い! これはちょっとだけ寄り道して行くことにしました。

日曜なので家族連れや多くの小さな子供たちで、とてもにぎわっていました。そして何とビックリ!「レッサーパンダ」がいました。私は見るのは初めてですが、動作が愛らしいですね。他にもキリン・虎・ライオン・ぞうなどなど大変多くの動物がいて、うさぎなどのかわいい小動物と触れ合えるコーナーもありました。時を忘れるほど見入ってしまい、ふと気がつくと1時間程度のつもりが3時間も長居してしまいました。最後にお腹が空いたので、名物「ライオン饅頭」を食べました。美味しかったです。

では本来の目的地へ、ここから歩いて10分の所にある、引地山城跡へ向かいます。
 

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HKISD

引地山城散策 (2024/09/15 訪問)

私有地になっており近く迄は行けませんでしたが回りを散策し到津八幡神社で参拝しました。

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城郭情報

分類・構造 丘城
築城主 到津中務少輔
築城年 平安時代
主な城主 到津氏、清末氏(宇佐大宮司代官)
遺構 曲輪、土塁、堀切
住所 福岡県北九州市小倉北区都1