ほりこしじょう

堀越城

青森県弘前市


旧国名 : 陸奥

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本丸堀と土塁
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カズサン

弘前城移築前の津軽為信の本城 (2016/10/03 訪問)

 平成28年10月黒石陣屋を終えて弘前城を横目で見ながら大浦城を探訪して堀越城へ北側の神社鳥居から堀前の駐車エリアに停めて初探訪。
 発掘調査後復元整備進行中、国道7号線沿いに駐車場、休憩エリア等の開発計画が在る様子。
 本丸(熊野神社が鎮座)、本丸堀、二の丸、堀、三の丸エリアの復元、木橋、館跡、東門跡の地表展示が行われてる、堀は水掘りの様に伺ってたが作り立てか工事中か水無く空堀状、探訪は3年前ですので令和2年は相当完成してる事でしょう。

 文禄3年(1594年)豊臣秀吉から四万五千石の所領を安堵されると大浦城から堀越城に居城を移し慶長12年(1609年)二代藩主津軽信牧が弘前城を築いて移るまでの本城。(城郭放浪記さんより)

 桜の頃は城址の桜と岩木山の遠望と素晴らしい景観と思われます。

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todo94

11年ぶりの再訪 (2019/06/29 訪問)

第3回お城EXPOでリーフレットを頂き、再訪を決意した次第です。土塁が復元されていて見違えるほどの変貌を遂げていましたが、本丸周りの円い堀は昔の佇まいを残していました。津軽為信が此処から津軽統一に進んでいく歴史の地ですので、国史跡にも指定されています。続日本100名城の浪岡城に全く引けをとらない存在感を放っています。

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ぴちょまる

堀越城跡 (2019/05/03 訪問)

大浦(津軽)為信公が、南部氏の拠点、大仏ヶ鼻城(石川城)を攻めるために構築した。
石川城と堀越城は街道が通っていて、2km ほど。まさに目と鼻の先。
本丸は小さいが、ニノ丸、三ノ丸跡も復元しようとしており、国道を挟んだ東側はまだ整備中。

為信公は、南部の一族から独立した後、豊臣に認められ大名となり、関ヶ原では、東西に別れて参戦。
真田と似たところがある。
調べてみると興味深い話が色々ありそう。


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おうごんたまご

整備中 (2019/04/27 訪問)

道路下をつなぐ連絡通路をでたところ。まだまだ復旧中

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 曾我貞光
築城年 延元元年〔南朝〕/建武3年〔北朝〕(1336)
主な改修者 津軽為信
主な城主 曾我氏、津軽氏
廃城年 元和元年(1615)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、土橋
指定文化財 国史跡(津軽氏城跡)
再建造物 石碑
住所 青森県弘前市堀越柏田
問い合わせ先 青森県文化財保護課・埋蔵文化財グループ
問い合わせ先電話番号 017-734-9921